ぺたんと部屋の一角にそのポスターを貼付けると、鳴海はにんまり口の端を持ち上げた。 「かあああああぁっこいいなー!もう!」 「……勘弁して下さい……」 「うおッ」 ふっと背後から囁かれ、握りこぶしで叫んでいた鳴海が振り向けば風呂上がりのライドウがタオルを被って俯いたままそこに立っていた。真っ白でやわらかな布地の向こうに覗く頬が赤く見えるのは鳴海の気のせいではないだろう。普段なら気配には敏感なはずなのに、背後を取られたのはうっかりポスターへ意識を向け過ぎていたせいだろうか。俺もわかりやすいぐらい参っちまってるねえ、と苦笑しながら促せば、ライドウが少しだけ戸惑った後でベッドへ腰掛ける鳴海の前へ背を向けて座り込んだ。両の膝の間に陣取る少年からタオルを取り上げて一度広げ、やわらかくその形のいい頭へ被せる。 「お願いします」 「ん。ってかさ、俺がやらしてって言ってるんだからそんな畏まらんでも」 髪を拭いてやるよ、と最初に言ったのがいつだったか鳴海自身ももう覚えていない。激務に疲れているだろう少年を労ってやりたかったのが発端だったような気もするけれど、ひょっとしたらただ触れたかっただけなのかもしれない。烏の濡れ羽色という表現がしっくりくる髪はうつくしく、時折手櫛で梳いてやればほうとライドウの口から息が漏れた。 「明日はオフなんだろ。ゆっくりしろよ、簡単なのなら飯作ってやるから。天下のアイドル様だって休まなくちゃなあ」 「また貴方はそういう…仕事です。任務なんですから」 「なんでも一緒だよ、お前が頑張って働いて疲れてるのにはかわんないの。雷君も休みだってな」 「彼には朝だけ仕事が入りました」 「そりゃ……残念だな、あのひとも楽しみにしてたみたいなのに」 マンションの隣室に住むライドウの仕事上の現パートナー、雷堂を鳴海は雷君と呼んでいる。雷堂も「鳴海」という名の男と暮らしていてライドウ達が仕事している間に鳴海同士で会うこともあるし、まあ今ではいい茶飲み、いや呑み友達だ。ベランダで避難用のパーテーション越しに何事かうにゃうにゃ鳴きながら日光を浴びている二匹もうまくやっているようだから、大人というものは大丈夫なんだろう。 「売れっ子はつらいねえ。あ、ポスターありがとな。新しいやつもすっごいカッコ良いなあ!これ見て全国のお嬢様方達がどれだけお前にめろめろになってることか」 言って鳴海は髪を拭く手を止めないまま先程見ていたポスターへ目を向けた。基本的には二人一組で活動しているとはいえ、今回の新作はライドウひとりが中央に映っている。任務とは言っても俺はお前の晴れ姿全部見たいんだよとにっこり笑っておねだりしてみれば、渋っていたライドウもポスターやグッズが出る度に持ち帰ってくれるようになった。 「今回ちょっとセクシィ路線なのね」 「……」 新しいポスターの中ではどこか退廃的な暗闇の中、ライドウが白いシャツを乱して肌を晒しながらこちらを見下ろしていた。惜しげもなく晒される肌や鍛えられた筋肉の感触まで伝わりそうな光源の表現に、腕のいいカメラマンが着いたんだろうなあなどと感想を持つ。王子様とまで表現されるライドウの容貌は確かにとんでもなく整っているが、そんなものとはまた別にその視線に殺されそうだと思った。見下ろす構図の効果もあるだろうが、冷えた目にはどこか支配者めいた風格さえ滲んでいて背筋がぞくりとする。悪魔からライドウを見ればこんな風なのかもしれない。 「…俺は」 つらつらと考えていた鳴海の手にライドウのそれが触れた。視線を落とせばライドウが上向いて鳴海を見つめている。瞳が拗ねているように見えるのは鳴海の自惚れだろうか。タオルの端で額や耳元の水気を拭い、鼻先にひとつキスを落とす。 「そういう風にしろ、という指示があったから従ったまでです。ファンがつくということはとてもありがたいと思いますが、俺は知らない誰かよりも、」 ライドウの零す言葉を耳で拾いながらもう一度口付けようとすれば、鳴海の身体は鮮やかな手捌きで床に引き摺り落とされ、気づいた時には肩と頭をベッドに乗せる形で跨がられていた。 「貴方の気を惹きたい」 ──そうじゃなきゃ割に合わない。 ふ、と思わず零した笑みはライドウの唇に攫われて、鳴海はそのまま身を委ねた。 「ん」 くち、と濡れた音を立てて離れていく顔が首筋へ向かうのを手のひらで止める。頬を包んで視線を合わせると、何よりも瞳が雄弁に不満を訴えていて今度こそ鳴海の喉からは笑い声が零れた。 「……笑わないで下さい。何で止めるんですか」 「いやしたいのは俺もなんだけど、風呂入ってないし」 「待てません。俺がどれだけこうしたかったか鳴海さんなら知ってますよね」 言いざま押し付けられた下半身は既に熱と堅さを持っていて、あからさまな主張に鳴海は少し目元を染めた。確かに忙しくて閨を共にする機会はあまりないし、前に身体を合わせてからかれこれ一月近く経っている。幾ら大人びていても年頃の少年にそんな我慢は辛いはずだ。 「休みなんだからさ、慌てなくても」 「貴方は俺なんか全部お見通しなんですから、どうしても風呂を使いたいというなら俺が今日帰ってくるまでに済ましておいてくださらないと」 傲慢な言葉を吐いた唇に再度反論をふさがれて、滑り込んでくる舌が最初から手加減無しに蹂躙してくるのに思わず熱の篭った息を吐いた。じゅう、と付け根が痛くなる程舌を吸い上げられて思わず腰が震える。身体全てで押さえつけるように力をかけてくるライドウの重みまで愛しくて鳴海からも舌を絡めるうち、ベッドの上、頭の両横に放り出した手はいつの間にかライドウの指でシーツに縫い止められていた。 「……、じゃあ、さ」 距離が近過ぎて顔がよく見えない。鳴海が溜まった唾液を一度こくりと飲み込むと、唇を触れさせたままでライドウが瞼を持ち上げた。いつも深い色の瞳に今滲むのは情欲だ。 「後で一緒に入ろっか」 「ッ」 こんな誘いで赤くなるのだからまだまだ可愛いものだ。どうせ心の底から奪われてしまっているのだからこれぐらいの意趣返しは許して欲しい。鳴海の言葉に耳まで染めた少年は力任せに鳴海の身体をベッドへ引き上げると、身体に引っかかっていたタオルごと我慢を投げ捨てていた。 「う、あ」 固い肉が身体の奥を押し広げる感触はいつまで経っても慣れない。というよりは相手の大きさが問題か、と息を逃がしながら鳴海が見上げた先でライドウも荒く息を吐いていた。染まった頬や汗の滲む額に口付けると縋るように抱き締められる。 「ん」 「平気ですか」 「ちょ、っと待って」 すぐにでも動きたいだろうに気遣ってくれる、その優しさはありがたいと思う。時折見せる乱暴な所作だって求めてくれている結果なら恥ずかしいかな嬉しいもので、ああ本当に参ってるなあ、と思わず笑えば振動で快楽を拾ったのかライドウがちいさく喘いだ。了承の代わりに鳴海が浮いた脚をライドウへ絡めると緩やかな律動が一旦治まった熱を高めていく。 「く、ふ」 「…何を笑っているんですか」 「んー?」 気を逸らすなと訴える目が鳴海を捉える。お前の事を考えてただけだと素直に告げるべきかと意地悪な企みを浮かべていると、強く突き入れられて思わず嬌声が漏れた。満足げに笑う口元が憎たらしくて腕を伸ばし捕まえてしまう。 「馬ー鹿。俺はさ、お嬢さんじゃ、ない、けどッ」 「鳴海さん」 ぐ、と乗り上げられて枕で支えられていたのにさらに腰が浮く。 「お前にめろめろだなって、そう──あ、ひっ」 乱暴に抜き差しされると口から出るのは悲鳴だけだ。内側を暴かれる快感は容易く目を潤ませ、ライドウが一度涙を吸い上げると鳴海の膝裏をすくって蹂躙をはじめた。 「鳴海さん、鳴海さ…」 ライドウの思うまま身体を揺さぶられながら鳴海は腕を投げ出した。シーツに擦れる背も無理を強いられている関節も、痛いぐらいに脚を掴む指も何もかもが気持ちよくてどうでもいい。知られている弱い部分を先端で抉られ、身体を震わせて思わず仰け反る。 イイ、と素直に零せばライドウの動きが激しくなった。滲み揺れる視界が明るくて嫌になる。ライドウが部屋の電気を消す事すら許してくれなかったせいとはいえ、比べれば一回り以上も年上の男が喘いでいる姿は見て楽しいとは思えないし、と抱き合うのとは別の羞恥が鳴海を襲った。 「あ、やあ、らいどぉ」 身体の内側が快感で満たされる。乱れた顔を見られたくなくて腕を交差させ、ふと視線を上に逃がせば黒の存在に違和感を覚えた。抱き合っているのは鳴海の私室で誰よりも自分自身が詳しいはずなのに、と情欲に殆ど満たされた頭に浮かべたまま黒を注視すれば簡単に答えは知れた。ほんの少し前に鳴海の手で貼付けたポスターだ。新作はいつもしばらくの間貼り出しているのだから当然でいつも通り、だというのに。 「ぁあ、…!、ッ」 色んな関係を兼ねているけれど間違いなく恋人なのだから、ライドウとのセックスは当たり前のことだ。こうして脚を開き少年の逸物を咥え込み悦がっていてもなんの問題もない、それでも。 犯されている鳴海を、「ライドウ」が見ている。 「んーッ!」 「っく」 びくびくと吐精で震える身体が意思ではどうにもならない。突然の絶頂はライドウにも深い快感を与えたらしく艶かしい声が腹に落ち、聴覚までも刺激されてまた鳴海は震えた。 「…、鳴海、さん?」 「やぁ、ライドウ、見るな…」 それは腕を外して表情を窺う自分を抱いているライドウと、すぐ側の壁で見下ろしている写真の男とどちらに言っているのか当人ですらわからない。絶頂を迎えていてもまだ内側がライドウで埋められていて、身じろぎが粘膜に新たな快感を刻み込んでいた。現実には存在しない視線が全身を舐める錯覚を覚えて思わずライドウにしがみつく。 「鳴海さん」 「ごめ、俺、変だよ…な」 いえ。と簡単に応じる声は熱く滲んでいる。じっと見つめてくる視線に耐えきれずポスターが、とちいさく呟けば聡い少年は鳴海に起こった事態を正確に把握したようですみませんと言って身体を離した。ずるり、括れが絡み付く内壁を苛みながら引き抜かれる。 みっともないだとかあさましいだとかの感情が鳴海を支配し、ひょっとしたら呆れられたのでは、と恐れまでも呼び寄せてきつく目を瞑った。鳴海を恥ずかしがらせることも手段のひとつとして覚えてきたライドウにからかわれるのではと危惧したが、これではもっとどうしようもない事態だ。内に快楽を燻らせたままの身体はただただライドウがいなくなってしまった物足りなさに震えている。 泣いてしまおうかと思った瞬間、ぱさりと音が聞こえて瞼越しに感じていた光が明度を落とした。そして感じる慣れて恋しい体温。唇に触れるのはライドウだ。 「……鳴海さん、目を開けて下さい」 促されるまま瞼を持ち上げれば明るい薄暗闇の中でライドウが笑っていた。どうやら邪魔だと放り投げていたシーツで頭まで二人を覆ってしまっているらしい。 「恥ずかしがる貴方もかわいらしい、とは思うんですが」 「ひ…!」 再び潜り込んでくるライドウの熱がさっきよりも大きい気がする。抜かれていたのは僅かな時間だったというのに、圧迫感と開かれる感触に鳴海は息を飲んだ。ライドウの顔が首筋に埋まって耳に息ごと囁きが押し込まれる。 「あ、あぁ、」 「あんなものに反応されると流石に腹も立つ」 すぐに中を掻き混ぜられて意味のない言葉ばかりが閉じられない口から溢れ出た。鳴海を気遣っていた少年と同じ人物とは思えない程無茶な所作に生理的な涙が浮かぶ。それでもきもちいいと感じてしまうのは。 「あんたは」 抱き潰される痛みまで欲しいと思うのは。 「…、俺だけ感じてりゃ、いいんだ…ッ!」 「んん…!」 奥にだくだくと注がれる精が身体の芯を溶かすような悦楽と混じり合う。余韻に喘ぐライドウの荒い息が落ち着くまでゆるゆるとその快感へ身を浸し、鳴海はライドウ、と其の名を呟いた。 「何が食べたい?食いに出ても良いけどこういう時って手料理が欲しくなるよなあ。ハヤシはライドウちゃんのが絶対美味いし俺のレパートリーなら──」 「……鳴海さん」 「ん?」 ぱしゃ、と湯を掬って顔を洗った鳴海は下唇が水面にあたるまで身を沈ませているライドウを見た。ふい、と視線が鳴海とは逆側に向けられてしまう。 「いえ。あの、すみません、無茶を」 「えー別に無茶じゃないでしょ。俺が変にあれ意識しちゃっただけで、やだねーオジサン恥ずかしいッたらもう」 「…………なら、もうああいうの持ち帰らなくてもいいですよね…?」 きろ、目だけで鳴海を見たライドウの目が思ったよりも真剣で思わず口を噤む。鳴海なりに譲れないことでもあるのだ。ライドウはいつも「恥ずかしいから」と言っていい顔をしないけれどそんなにこだわる事だろうか。 「や、流石にもうあそこに貼る気はしないんだけどさあ。貰ってきてくれなかったら俺、自分で買っちゃうだけなんだけど」 ライドウは一度鼻辺りまで沈み込んでぶくぶく泡を立てた後、漸く顔を上げて鳴海を見た。額に貼り付いた前髪を横に流してやれば心地良さそうに目を閉じ、そのままで口を開く。 「もう晒してしまったので恥を忍んで言いますけど、俺は貴方がああいう風に俺のを大事にしたり欲しがったりするのが面白くないんです。確かに忙しくて二人でゆっくりは過ごせない事が多いです。けど!貴方は酷い時には俺より持ち帰った写真集に夢中だし、俺が傍に居るのにポスター眺めてうっとりしてるし、今日だって」 「あああああもうかわいいなライドおーー!!!」 鳴海が告白をまともに聞けたのは前半までだった。けど、とライドウが声を荒げたあたりでもう唇はむずむずしていたし、すぐ堪えきれなくなってライドウをぎゅうっと抱き締める。突然の抱擁にかわいいこは目をぱちぱちさせて鳴海を見上げていた。 「ああでも俺もごめんな、お前放っといたのは悪かったよ。だって俺お前のことすっごいかっこいいと思ってるからなんか出たらはやく見たくてしょうがないし見たらついついうっとりしちゃうの」 あ、晴れ姿見ときたいってのも本音だからな。言いながら口付ければライドウが頬を染める。でも、と開いた唇に指を当てて黙らせると相手と同じように頬が染まるのを自覚した。 「だから嫉妬なんかするな。……あのな、今から恥ずかしいこと言うから聞き流せよ。その、なんというか。ああいうのさ、お前のファンとかは全部見るだろし持ってるだろ。なのに……、俺が見たことない、てのは、悔しいだろ。……そういうことだよ」 どんどんちいさくなっていった言葉をきちんと掬い上げた少年は目も眩むような微笑をその整った顔に浮かべ、そして鳴海の抱擁を解くと自分から抱き締め直した。ぱしゃぱしゃと僅かな水音がバスルームに響く。 「あーやばい、どきどきして俺のぼせそう、ていうかほんとに目が眩んだ」 「俺もうれしくてどうしようもないです。……鳴海さん」 「とりあえず倒れる前に風呂出ような。お前にサイダァ買って来てあるんだぜ」 軽く笑って先にバスルームから出る途中、背中で熱の篭った溜息が聞こえた。強請られたとはもちろん気づいているけれど、さすがにここで求められると身体が持たない。 汗をかいた身体をさっぱりさせて、ビールでも飲んで。ライドウにはサイダァを与えて。買い置きのバニラアイスを浮かべてやれば酷く喜ぶに違いない。そうして身体の火照りを治めたら、シーツを代えたベッドでだらだらいちゃいちゃしながら眠ってしまいたいけれど。 「たぶん、断れないんだよなァ」 口元に浮かぶ苦笑はとっとと缶ビールで隠してしまうに限る、とじんわりと気怠さの残る腰を撫で摩りながら口笛を吹き、キッチンへ向かった。それでもプルタブを引き上げる時には背中から抱き締められている。 明日は休みだし。 苦笑を結局のところ恋人の唇に押し付けて隠し、鳴海はいろんな予定を少しだけ先送りするために口を開いた。 --------------------------------------------------------- 20090524
あー楽しかった!
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