「おかえりなさいませ鳴海所長」
 たっだいまーあ、といつもながらに鳴海が笑ってみせれば。滅多に使わない呼び方でライドウが出迎えてくれた。
「で」
 ライドウの見た目は素晴らしく整っている。王子様などと呼ばれても違和感がない程で、何かのイベントで限定握手会などした日には感激のあまり卒倒するお嬢さんがいたぐらいの美貌だ。中身はそれなりに年相応の少年だが、ともかくライドウは非常に別嬪さんだと鳴海は思っている。
「俺に何か釈明はございますか?」
 それはもうぞっとするぐらいキレイに笑った少年に感じたのは恐怖だ。
 自らけしかけたことながら、ライドウにいっそ本能で怯えた鳴海はあっさり逃げ出した。どうしたって家の中では追い詰められるとわかっているのに身体が勝手に動くのだ。昔取った杵柄でそう広くもない廊下を駆けリビングに辿り着くまではよかった。途中で壁に当たったり物を倒したりはしたがライドウの手をどうにかくぐり抜けて向かった先、どうしようかと思った瞬間。
「ッ、っの、鳴海!」
 決して大きな声ではなかった。発したライドウ自身も零した言葉に気づいていないようだから無意識だったのかもしれない。それでも聞こえた己の名である音に一瞬意識を取られて出来た隙を優秀な少年が見逃すはずもなく、シャツの端を取られてフローリングに引き倒される。く、と衝撃に息を呑む間に跨がられ、鳴海が見上げる先では僅かに息を乱したライドウが口の端を持ち上げていた。
「……つかまえた」
 抑揚のない声音は静かに耳から入ってくる。明るい午後とはいえ照明が付いていない部屋は薄暗く、見上げる顔も目元辺りが僅かに影が濃い。落ちる視線は品定めをするように鳴海を頭の先からライドウが跨がる腹まで往復した。鳴海の息も乱れているがもう逃れられないと大きなかたまりを吐く。
「釈明が無いなら、……お仕置き。です」
 耳に聞こえた言葉を疑う頃にはその顔が目前にあり、鳴海の抗議はライドウの唇に容易く飲み込まれてしまった。

 く、ふ、とどうしたって息が漏れる。
 息の乱れがさらに酷くなるまで延々と口付けられ、酩酊したように動かない身体はライドウの意のままになった。下半身の布を乱暴に剥ぎ取られて鮮やかな手付きで後ろ手に縛られる。膝立ちになって立ったままのライドウを仰げば黒い瞳がじっと鳴海を見下ろしていて、捕われものは背筋を走る細波を堪えきれずにぶるりと身を振るわせた。
「はい」
 ただ促すだけの言葉には具体的な内容など何も含まれていない。それでも鳴海はいくらか躊躇った後、そっと目の前の布地へ唇を寄せた。黒に近い藍のデニムは隔てた向こうの体温を僅かにながら伝えてくれる。
「んう」
 厚い生地へ舌を押し付ければ唾液が染みて奪い取られた。構わずに舐めると表面に綿が擦れて僅かな痛みを鳴海にもたらす。ひりつくそれを無視して歯を立て、刺激に少し膨らんだ熱へ頬を擦り付けた。ふ、とライドウからちいさな吐息が漏れる。細身のパンツは色とデザインが気に入って鳴海がライドウに買い与えた物だ。まさか食むことになるとは思わなかった、などと片隅で思う余裕はあるが、触れられずとも身体の中には火が生まれ始めている。
「鳴海さん」
 布に圧迫されるのが辛くなったのか、ライドウが呟いて自らボタンを外しジッパーを下ろした。下着のゴム地辺りをそっと歯で挟んで引き摺り下ろせば見慣れた肉が視界に飛び込んでくる。相変わらずお綺麗な顔に似合わない大きさだ、と先端へ舌先を這わせた。途端に震えて質量を増すのは少々かわいらしくもある。
「ッ」
 括れや浮かぶ血管に沿わせて刺激を与え続けていれば急に髪を掴んで顔を上げられた。引きつる頭皮の痛みに顔を顰めるとライドウは涼しい顔をして鳴海の咥内へ指先を潜らせる。
「噛んじゃダメですよ」
 吸い上げようとする鳴海よりも早く、白い指はぐっと力を込めて鳴海の下歯を押した。自然と開く口が頭も捉えられているせいで顎の関節に痛みを覚えた時にはもう肉が押し込まれている。
「うーッ、ぐ、ぅ」
 強引な真似をされなくても口に含んでやるつもりだったが、両手で頭を掴まれると逃れる事も出来ず息さえ上手く出来ない。ゆるく腰が動かされて鳴海はただ呻いた。頬の裏側や舌の奥に擦り付けられる先端からは僅かに独特の味が滲んでいて、反応した身体は唾液を湧かせたが飲み込む余裕も無かった。限界まで口を開いてもまだ大きくなりそうな肉へ歯を当てないようにするのが精一杯だ。それでも時折僅かに固いエネメルがライドウを擦っているだろうに抜き差しは激しくなるばかり。
「ふ、ふ」
 どうしようもなくて鼻からも息が抜ける。鳴海の頭を固定する指先が癖毛を頭皮に擦り付けて鳴海にしか聞こえない濁った音を頭に響かせた。次第に奥までも求めて入り込んでくる肉にえづきそうになるのを必死に堪え、舌の付け根を下げてなんとか迎え入れる。
「ぶあ」
 逃がし損ねた息が震えて喉奥から零れると、粘膜の痙攣を快感として受け取めたのかライドウがちいさく震えた。自分からは何も快楽を提供できないのに吐精へ近づく少年。飲み下せない唾液をだらだらと溢れさせ、顎から喉元までも濡らした鳴海は自らが得た馬鹿げた感想にぞわりと情欲が湧くのを認めた。だってこれでは。
 己がライドウの性欲を満たすためだけの容れものの様で。
「……っ、」
 ぐい、と強く引き寄せられ、ゆるく身を屈めたライドウへ頭を押し付けられた。喉奥へ注がれる粘液と遠慮なく震える肉に意識が飛びそうになる。
「──ッ、う、がは、あ、」
 ゆっくり引き抜かれ漸く口で呼吸が出来る。頭も解放されたけれど動く事も出来ず忙しなく酸素を取り込むと、久方ぶりの新鮮な空気が咥内を冷やしてくれた。上手く飲み下せず咳き込む鳴海の視界は涙で揺れ、目の前の赤黒い肉が白い指に扱かれているのをただ見るしか出来ない。
 びちゃ、と何度かに分かれて顔に降る生温さ。あたたかな手のひらが鳴海の頬にそえられ、親指が散った滴りのひとつを塗り広げる。
「ああ、我慢できませんでしたか」
 言ったライドウの片足が音も無く動いて鳴海の股間を探った。与えられた刺激に体中の力が抜け、がく、と鳴海はその場に尻を付いた。フローリングの冷えた感触も昂った身体には心地良いはずなのに、追いかけて足先を遊ばせるライドウに引きつった嬌声しか出てこない。ぐちゃぐちゃと捏ねる音が部屋に響いて初めて自分が漏らしていたのだと知った。
「ライ、ドウ…!」
「はい」
 呼ぶ声に答えたのは落ち着いた響きと行動だ。裸足の裏で踏みつぶされ、床との間で転がされた肉がぱた、と白濁を零す。
 思わず腰を引こうとしてももちろんそれは叶わず、鳴海は刺激を持て余して上体を折った。目の前のライドウの足に縋りたくても両腕は戒められたままで、肩と額を不安定に預けるしか出来ない。踏みつけられ、器用な足指がぐちぐちと床に押さえながら扱くのを俯いたまま眺める。
「あ、ゥあ……、ライドウ、あ、も、ぉ!」
 ぎゅうっと固く目を瞑り身体を強張らせ、鳴海は衝動に耐えきれず吐精した。
 過ぎた快感に力の入らない身体はライドウの片足に預けたままだったが、一歩引かれる事で支えを失ってその場に崩れ落ちる。余韻にひくつく下肢と落ち着かない息。うつ伏せた顔をなんとか起こせば、目の前には白く濡れた足があった。まばたきの度に零れる涙が頬を濡らすのに視界は涙で滲んだまま戻らない。
「う……ん、あ」
 そうしろと言われたわけでもそんな意思を読み取ったわけでもない。それでも鳴海は身を捩らせ、整った足先に舌を這わせた。
「ん、くう、ふあ」
 指の股にまで絡んだ白濁を舐め、啜って取り除く。粘液が無くなってもまだ足の甲を舐っていれば、床の鳴海からは随分と高い位置で溜息が零された。ライドウよりもまだ上背のある身体が軽々と起こされてソファに押し付けられる。
「ほんとに貴方はずるいひとだ」
 言い様重なった唇は甘やかすようなやさしさで鳴海を溶かした。絡む舌の動きも癖毛を梳く指先も何もかも、戸惑うぐらいに鳴海の好むやりかたを繰り返す。
「……、はは、ライドウ」
「腕は解きませんよ。しがみつけなくて困って下さい」
 片足を肩に通して奥を探ってきた指先に陶然としながら鳴海はライドウを見上げた。光の灯らない真っ黒な眼差しも今の欲に濡れた瞳も、どちらだって身体の奥を掻き乱してくれる。
 ほどかれてつながれてゆさぶられてくちづけられて。
 縋れない代わりに想い人の口へ噛み付きながら鳴海はくぐもった嬌声を上げ続けた。

 好きです、の言葉にちゃんと応えたかは記憶に無い。








 
 なんだか今でも唇が腫れているような気がする。
 片手はステアリングを握りながら指先で唇を弄っていると、助手席に座るライドウが煙草を銜えて火を付けた。
「あ、いいのに」
「肺には入れてません。鳴海さんが火をつけるのに気を取られてる方が怖いです」
 うっすらと煙を上げる煙草を唇に差し込まれ、鳴海は有り難く紫煙を燻らせた。脇見運転はいけません、とライドウがこんなことをするようになったのはしばらく前のことだ。どこで写真を撮られるかわからないのだから未成年のうちは止めろと言っても頑固な少年は頷いてくれない。
 唇に触れる動作を口寂しいのと勘違いしたらしい少年はプレーヤーを触ってBGMまでも変え、また窓の外を眺め続けている。
「あ、変えんなよ聴いてんのに」
「……俺がいる時は俺の曲禁止だと言ったでしょう」
「えーダメぇ?恥ずかしがんなくてもいいのに〜。んじゃそーだな、カーティスで」
 こちらからは表情が窺えないけれど、ちらりと盗み見たライドウの耳が赤く染まっているのを見つけて鳴海は喉の奥でひっそり笑った。ライドウの曲なら全部覚えていると伝えたらこのかわいい少年はますます照れてしまうのだろうな、と思いながら流れる英語に自分の声を重ねる。ハモってよ、とお願いすれば小さな声でライドウも歌ってくれた。広くもない車内が音で満たされたまま、車は夜を進んで行く。
 少年の執着に愛情を感じるだなんて我ながら悪い趣味だ。ひとしきり鳴海を苛んだ後のライドウは罪悪感があったのか酷く鳴海を甘やかして抱く間ずっと口付けっぱなしだった。それこそ繋がる時も腰を打ち付ける時も。吐精の瞬間まで続けられたそれはもはやキスとは呼び難い接触だったが、なにかを取り戻そうとするような必死さに鳴海は溶けた。
 浮気とまで大層なものではないにしろ、謀った本人ながらライドウに不安を与えたことを申し訳なく思う気持ちもあって鳴海から謝ってある。十分に愛されて余韻に浸る手で少年を抱き締めれば酷くした事はすみません、と律儀な謝罪まで頂いてしまい、鳴海は照れて笑った。鳴海を咎めた事は謝らないという意地までも、想われる側としてはうれしいのだからまったく少年は鳴海タラシでしかない。
 ひどくしてごめんなさい。
 雷堂にくちづけるだなんてひどい。俺の想いを知っているのに。
 わかりやすい二つの感情を纏ったライドウを無理矢理助手席に座らせて車を走らせたのは日も落ちてからだ。
 煽る気持ちが殆どだったとはいえ、あの子も「ライドウ」だからなあ、と鳴海は思う。こうして心底惚れている少年と別人だとはわかっているけれど、かわいらしいと感じてしまうのも確かなのだ。二心を抱いたわけではない。失礼な言い方をすればきれいな大型犬に口付ける程度の心づもりでいた。からかえば赤くなり、言葉に本質を載せるライドウとは別のまっすぐさが鳴海には眩しい。それにかわいいものにキスしたくなるのは性分だ。ライドウが見てないところでもしてしまったのは墓まで持っていく秘密にしなければ。
 目的の大型スーパーの駐車場へ車を滑り込ませると、余り人目に付かないようにと最上階を選んだせいか車の数はまばらだった。平日の夜というのも関係しているのだろう。
 中央のディスプレイが車の背後を映し出してくれているけれど、なんとなく慣れで半身を捻って背後を窺ってしまう。これだけ空いていればきっちり停めなくてもいいけれどなんとなく揃えてしまうのも性格なんだろう。
「晩飯も買ってく?ここの総菜なんか美味いのあったっけ」
「前買ったキャベツメンチは鳴海さんが俺のまで食べてました。……酒屋もありましたよね、マーテル買いに行きましょう」
「え、そうだっけごめん…!って、いいの?」
 怒ってるのに、と視線に込めて聞けばライドウが俺だけで酒は買えませんし、と少しずれた答えを返した。きっとこれは意図的なんだと鳴海は思う。
「……プリン、美味かったですし」
 ぽつりと呟いたライドウはドアを開けて片足を出していたが、構わずに腕を取って引き戻す。何事かと振り向いた顔を手のひらでとらえてただ一言。
 かわいいかわいい想い人、若くて頑なで最近じゃこちらの専売特許だったずるさまで供えちゃって、そんでもって俺と俺が好きな自分に甘い。

「ライドウちゃん、大好き!」

 散々重ね合った唇をもう一度押し付ければ、結局のところ解放されたのは新たに駐車場に入って来た車のランプが見えた時だった。




 

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20090619

えすえむごっこなのでリアルSMではないですが。
まあプレイもいちゃいちゃの一環です。一番可哀想なのは雷堂…
歌は Curtis Mayfieldの「 You Must Believe Me」で妄想してました〜
http://mog.com/music/Curtis_Mayfield/Love_Songs/You_Must_Believe_Me