小話
イヌと暮らす/ライ鳴(ジャニー) 2012年04月28日(Sat)
※ジャニー設定(現代)です
ライドウの住む家にはイヌがいる。
ペット可のマンションだから我が家にイヌが居ても全く問題はない。むしろそこが決め手になって契約した部分もある。いや、それはイヌがどうこうというより黒猫の身体を持つ目付けの為だったのだが。
休日だからと言って惰眠を貪る習慣がライドウには無く、ならば仕事に行くときはそうそう出来ない朝の散歩へ連れ立とうとイヌの様子を伺ってみれば、ベッドの真ん中で丸くなってすうすうと寝息を立てていた。
「……」
気持ち良さげに寝入るイヌを起こすのも忍びない。とりあえず散歩をあっさりとあきらめ、少年は普段出来ない家事に精を出すことに決めた。前の家でも今のこの仮住まいでも家事は少年の仕事だ。共に住んでいるのがいろいろ兼ねて居ても上司なのだから特に不満もないし、同居人が上司ではあるけれど理不尽な要求をしてくるなら反発出来るぐらいには気安い仲だ。
掃除機をかけ洗濯を機械に任せ、脱水が終わる迄をしばしの休憩と決めてソファへ座り込む。上司が買ったらしいパン名店100選と書かれた雑誌を何気なく眺めてカフェオレを啜り、テレビから聞こえるワイドショーを聞き流していればローリングを進むわずかな音が聞こえた。
雑誌から顔を上げずにライドウはエアコンのスイッチを入れる。春の始まりは随分むこうへ過ぎ去ってしまったけれど雨でも降ればすっかり冷えてしまうことが多い。寒がりのイヌがふるえる前に、と取った行動を聡いイヌはお気に召したらしく、ソファへ乗り上げてライドウへ頭を擦り付けてきた。撫でろという訴えへはページを捲るついでに応えてやり、冷え切ったカフェオレを舐めようとするから素早く取り上げる。イヌにはこれでなくともふさわしいものがいくらでもあるのだ。
イヌの食事を用意してやった所で洗濯機が完了の合図を出してきたのでライドウはその場を離れた。ベランダに服や下着、シーツをはためかせてからリビングへ戻ればイヌはソファへ悠々とその身を横たえている。ワイドショーはまだテレビから零れ続けていて、時折興味を引く音でも拾っているのかイヌがちらちらと画面を見てはソファに懐くを繰り返していた。自らのカフェオレボウルとイヌの食器をキッチンに下げて丁寧に洗う間、視線をソファに向けなくても上機嫌で尻尾を揺らす姿がライドウには簡単に予想出来た。水場からはソファの背しか見えないけれど、きっとイヌはその向こう側でご機嫌に違いない。なんたってライドウが休みだからだ。珍しいことに明日も。
家の中を移動すればイヌが付いてくる。適当に相手をしながら休日にしかできないことへ色々と手を出してみた。手間をかけて上司の好きなハヤシライスを仕込んでみたりもしたが、明日まで味見を除けば口にすることもないだろう。イヌはキッチンへ入ることを禁じているからかそもそも入る気がないのか、ライドウが相手をしないとわかれば好き勝手に過ごしている様に見える。夕食を終え風呂に入るときも付いてくるものだからライドウには洗ってやるという選択肢しか無く、おざなりに自らを洗った時間の何倍もかけてイヌを磨き上げ、バスタオルで包み、濡れた毛をドライヤーをかけて乾かしてやった。かまってやりたいという気持ちが半分、放っておいて床を濡らされると困る思いがもう半分といったところだ。
寝る迄のゆったりした時間を久々に自室で過ごすことに充て、しばらく机に向かっていたライドウが振り向けばイヌが部屋の隅でいくつものクッションに埋もれて丸くなっていた。うつらうつらと船を漕ぐ様に時計へ視線を向けてみれば日付が変わったところだ。
「……」
ライドウは静かに移動するとその頭を撫でた。ふっと覚醒した瞳が満足げに細められ、手のひらに擦り寄ってくる。今日一日、正確には昨日一日でどれだけ繰り返したやりとりだろう。
「鳴海さん」
「わん」
くつくつと喉を鳴らす情人を強引に引き上げ、座ったままどうにか抱きしめる。ほとんど力を入れずライドウの為すが侭になった鳴海がだらりと少年の身体に懐く様は今日のイヌそのものだ。布を纏わない裸身が貼り付けばむやみにあたたかい。
「もう『今日いちんち』は終わりましたよ」
「あらほんと」
わん、ともう一度だけ鳴いて鳴海がライドウの首筋をべろりと舐め上げた。ひくり、ふるえる少年の身体に薄く笑う。
些細な賭け事に勝利した情人が寄越した願いは「いちんちいぬになりたい」だった。ただひたすら甘えたな大型犬として過ごした鳴海は気が済んだらしくきれいに笑っている。ライドウとしては空調を付けているとはいっても肌を晒しっぱなしのはどうかと思ったが、体調を崩した様子がないことにほっとする。そんなところまでなりきらなくても。
「延長しても良かったのにな」
「お断りです」
「そう?」
被せ気味にきっぱりと断れば不思議そうな顔で鳴海が視線を寄越す。
俺に獣姦の趣味はありませんから。
そう素直に告げるかどうか悩みつつ、ライドウは戯れに付き合った駄賃を頂こうと情人の素肌へ指を這わせた。