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point  バニガえろ/雷ナル(♀) 
2015年01月07日(Wed) point
「や、お見事お見事」
 ぱちぱちぱち。間の抜けた拍手が薄暗いホールに響く。退魔刀を一振りして悪魔の体液を床に叩き付け、雷堂は瘴気となって空気へ熔けていくそれを無言で見送った。そうしているうちに近づいて来たのは上司の女だ。
「……所長が居るとは聞いてなかったが」
「お前が出て行った後にカラスからいろいろ言われちまってな」
 ヤタガラスの指示と言われてしまえば雷堂にはこれ以上続けて問う手段も無い。軽くため息を吐いた部下に何を思ったのか、鳴海が小さく笑った。
「避難は」
「私が見た限りじゃ逃げ遅れはいないかね、まァ警察が来るのは朝方ってとこか。偉いさんが絡んでるみたいだからな……それでもこれ以上犠牲者が増えるこたないだろうよ。せっかくだから玉突きの練習でもしてくか? お前ビリヤードやったことないだろ」
 言って鳴海が視線を向けた先には豪奢な作りの玉突き台が幾つも鎮座している。見渡せばポーカーやルーレットといった賭博の台も複数並び、それぞれの間にはこれでもかと高い酒の瓶を並べた棚を背負うカウンターと革張りのソファ。地下に作り上げられたサロンは悪魔との戦闘であちこち破損しているとはいえまだ絢爛な様を残している。
「確かにやったことはない、が。その巫山戯た格好はどうした」
「あれー、似合わない?」
 雷堂の冷たい視線を平然と受け止め、鳴海はその場でくるりと回ってみせた。つられて頭につけられていた大きな黒い縦長の耳がひょこりと揺れる。ご丁寧に尻の部分には丸く白い尻尾まで付いていて、雷堂にも巫山戯た格好がうさぎを模しているのはなんとなくわかった。蝶タイ、カフスぐらいならまだ見たことはある。ただスカアハのように手足を曝け出し、更には胸元まで開いた服とも呼べないような黒い衣装にこれまた袖のない燕尾服のような黒い上着を身に着ける格好は未知のもの。付け襟や手首のみのカフスが肌の色や黒から浮いてやけに白い。キューを持つ腕はカフスだけで他には何も纏われていないのに、長い足は肌の色が透けて見える薄黒い布に覆われていた。よほど目地が細かいのか肉の隆起にそって光を反射させる部分がいやに艶かしい。
「似合わないわけではない」
「ならよかった」
 似合う似合わないで言えば間違いなく似合っている。が、正しく言い換えるならばこれは「とてもいやらしい」だ。流石にそこまでは口にせず学帽の鍔を引き、思い直して戻す。
「ここの主人がこしらえた給仕の衣装だってよ。まぁいろんなこと思いつくもんだ」
 なら鳴海は給仕を装って潜入でもしていたということだろう。とても言えないような接待も兼ねていただろうと思わせる格好は魅力的だが面白くない。こういったところに足を運ぶような輩は大体において権力を金と享楽に注ぎ込むと雷堂でももう知っている。
「……不穏な真似はされてないだろうな」
「心配してくれてんのか」
 からからと笑った鳴海が背後の玉突き台に凭れ、芝居染みた動作で足を組んだ。それがどれだけいやらしく目を引くかだなんて雷堂よりも鳴海の方がわかっているに違いない。
「だーいじょうぶだって、うまいことやってたから。まァ相手してたらチップ突っ込まれたりはしたけど」
 高額紙幣が胸のふくらみを半分ほどしか覆っていない布地の中からするりと現れ、雷堂の眉が寄るのを見ているはずの女はひらひらと金を揺らした。
「なんか美味いもんでも食いにいくか。もらったもん捨てるのもあれだしな。それとも」
 つい、と延ばされた足先が雷堂の膝あたりを僅かに撫ぜる。細く高い踵の造りになっている靴はハイヒールというのだと聞いたのはいつだったか。
「遊んでく?」
 口元を笑みの形に歪め半分伏せた目で見上げてくる様はどうかと思うぐらい似合う。喉を鳴らすのを意思の力で無理矢理に押しとどめ、雷堂は僅かな距離をつめてうさぎの耳をくいと引いた。
「何だよ」
「よくできたつくりものだ」
「そうだな、結構金かかってるっぽいし。かわいくてやらしいって評判だとさ」
 お前には効かないみたいだけど。眉を下げ笑いながら言う女の癖毛にそのまま触れ、誤解が生まれないうちにと内心焦りながら言葉を紡ぐ。
「効かないわけがあるか。我と同じ目で鳴海さんを見た輩が居ると思うと面白くないだけだ」
 直に触れてはいなくともその胸元へ金を押し込んだ所行にも腸が煮えくり返る思いだがそれは口に出さずにおいた。いやらしい目で見ている、というだけならどこぞの輩も雷堂も大差ない。だが鳴海は雷堂の上司であると同時に恋人であるのだから、任務で仕方なかったとはいえ腹を立てるぐらい許されるだろう。
 鳴海はぱちりとひとつ瞬きしてから喉を鳴らして雷堂に頭を預けて来た。
「っく、は、良いなお前、流石だわ」
「何がだ」
「いや、ひとまずこれだけ言っとく。他のやつだったら全っ然、これっぽっちも思わないんだけど」
 女の手が伸びて雷堂の頬に両の手を当てた。添えられる程度のそれには殆ど力が入っていない。
「お前にやらしい目で見られるのは悪くない」
 言葉の終わりに押し当てられた唇からは化粧の香りがする。また雷堂の肩に懐いた鳴海の表情は読めなかったが、声が穏やかな事には安心した。
 例えばこれが恋人以外から性的な目で見られたのが嫌だから、と上書きを求めて縋る素直な女だったらもう少し話は簡単だったかもしれない。鳴海の自己申告が本当なら他人を誘導する事に長けた元密偵は舐るような視線に不快すら覚えず、恋人の反応だけうれしく思っているんだろう。自分でも意外なぐらいそこは疑っていない。
 疑っているのは「手を出されていないから大丈夫」ではなく「手を出されてはいるが気にする価値もない些細な事だから大丈夫」だと鳴海がすげ替えている可能性だ。しかもタチの悪い事に無意識下で。流石に最後まで襲われていればそれを些細な事扱いしないだろうし、今この場で雷堂を誘うようなこともしないだろう。と思えども真実を掘り起こす手段も気持ちも雷堂には無く、ひとつだけはっきりしているのは面白くない、ただそれだけだ。触られている事も誘いの半分ぐらいがこちらへの気遣いである事も引っくるめて面白くない。それぐらいはもう自惚れてもいいだろう。
「……ほんとに大丈夫だから心配すんなって」
 若造へ聞かせるつもりがあるのか判断付かない程度の囁き声に、ただ溜め息を吐けば女が笑う。
「さァて、うさぎさんとは遊んでくんないの?」
 返事の代わりに口付けてやれば腕の中の兎はくぅんと鳴いた。


「ん」
 するりと伸びた指先が学生服の詰襟を開く。鳴海が機嫌良さげに釦を外していくのを眺め、中の襯衣も含めて首回りが解放されたところで雷堂はその手を奪った。
「随分楽しそうだ」
「んー、まあなァ」
 はだけた首元に女の唇が押し当てられ、生きた熱は雷堂の身体へ染み渡ってどこか深いところへ落ちた。からかうような甘噛みの感触は背筋をぞくりとふるわせる。
「素直に言ったらお前ひきそうだけど」
「今更だな」
「違いない」
 くつくつと喉を鳴らす鳴海が歯をたてるのを止める気配はない。好きにさせたまま雷堂もその身体を好きに撫ぜまわした。黒の布地は思っていたよりも更に上質なようで、滑らかな感触がその向こうにある肉の柔らかさまで伝えてくれる。袖無しの燕尾服を玉突き台へ落として肩と胸元を露にさせ、直に背を手のひらで辿れば肌を吸い上げられた。跡がついた、と思う。
「悪いなァと思うけど、お前がそんななのは気持ちいい」
「……言っているではないか」
「あはは」
 手のひらに乳房をおさめてその弾力を堪能したいのに、布地の上からだと滑らかさが引っかかりを無くして指から肉を零してしまう。焦れて黒を引き摺り落そうとしても肌にぴったりと沿った布は思い人の柔い肉を支える事に忠実だった。枠だとか芯だとか、そういうものが入っているのかもしれない。
「ッ、は……、?」
 直にではなくてもこれだけ執拗に捏ねられていればその先端は黒の向こう側で赤く凝っているに違いない。布越しに固さを捉えていても指先は翻弄されるばかりで、雷堂の様子に何か感じたのか耳の下にひとつ口付けて鳴海が漸く顔を離した。とはいっても台に腰掛けている想い人へ雷堂が被さっている格好のままだから、至近距離で上目遣いを拝む羽目になる。
「どした」
「いや、脱がせ方がわからん」
「あー」
 僅かに潤んだ瞳がぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「後ろ。紐になってるから」
 甘えた声が強請っていると思うのは都合のいい妄想だろうか。聞いてもそれこそ都合のいい言葉だけが返ってくる予測しかできない。真実を知る事は早々に諦め、雷堂は大きく開いた背中の下に編み上げ部分を見つけて蝶結びを引いた。しゅるり、と不自然なぐらいにあっけなく結び目がほどける。編み上げなら一つずつ緩めてようやっと全体が緩みそうなものなのに、あまりのあっけなさにつられて胸へ手を向ければあっさり布が剥がれ落ちた。さっきまでの苦労が嘘のようだ。
「ん、ァ、はは、上手上手」
 不可思議な編み上げの造りはこうやって脱がすための仕組みなのだろう。思い至れば頭のどこかがかっと煮え、勢いのままに柔い肉を手の中でつぶす。びくんと跳ねた身体を宥めるように指で弄べば、濡れた息が鳴海からこぼれた。
「っく」
 台の上に押し倒して胸にむしゃぶりつく。鳴海はたまらないといった様子で身を捩り、雷堂の頭を抱えた。その指先が耳へ悪戯をしかけてくるのだからまだ余裕はあるのだな、と頭のどこかが判断を下す。もっとわけがわからないぐらい乱れてくれれば良いのに。
 鳴海の片足が持ち上がったかと思えば雷堂の腰に擦り付けられ、片手をその浮いて出来た隙間へ差し込んで足の付け根を摩った。唾液に塗れた胸を吸い上げていると耳を引かれ、視線を合わせれば思ったより熔けた瞳の中に男の姿が見える。
「喰われちまいそ、ッ」
 くつくつと喉を鳴らす想い人の求めはわかっているから伸び上がって深く唇を合わせれば、鳴海の方から舌を絡めて来た。吸われて思わず身体がふるえ、気づかれているだろうことが気恥ずかしくて尻を掴んでいた指先を黒い服の内側に忍び込ませる。
「あ」
 思ったより布地は伸びて雷堂の指を迎え入れ、腿を覆う透けた布との間にぴったりおさめて自由な動きを許した。黒い布にも滑らかさと柔軟性があるけれど、透けた布も段違いに指先を弾いて滑らせる。思わず力を込めて指を立てると小さな感触が爪の先で弾けた。それが続けて二三度起こったかと思えば手を差し込んだあたりの薄い布が裂け、ぽつりぽつりと歪な穴から日に焼けていない真っ白な肌を覗かせている。
「すま、ない。破った」
「やーらしー。って謝んなよ、あたしのじゃないんだしそもそも破けやすいつくりだろ。ほら、」
 言って女は手を伸ばすと、自らの下肢に手をやって殆ど付け根部分を覆う薄布を気軽に裂いた。ぴりり、とかわいらしいとも言える音の結果はとんでもなく卑猥だ。黒い布の服は変わらず腹から足の付け根まではきっちりと身体を隠しているのに、さっきまで足を完璧に覆っていた薄布が付け根付近であちこち裂けて生の肌を晒している様。
「な?」
「ッ」
 唾を飲み込む音が聞こえていようが鳴海相手だからもうどうでもいい。再度口付けて貪りながら薄布の穴へ指を入れて気が済むまで裂いて広げる。そのまま指先を滑らせて秘部まで辿れば鳴海に下唇を噛まれた。黒い布地の滑りはここでも健在で、そろえた指をぐっと押し当てて回す度に女の身体がひくりと揺れる。
「あ、は」
 声に混ざる笑いが満足げに聞こえるのがどうしてなのかはわからない。
「兎なら大人しく喰われろ」
「え?」
 口の中で呟いた文句は届かなかったらしく、混ざった唾液と一緒にそれを飲み込んで先のお返しとばかりに首を吸った。タイが邪魔で随分と上になってしまったからいつもの三つ揃えを着れば髪型次第で見えてしまう位置だ。
「ちょっ、ばかやろ……ッ!」
 撫で摩る秘部の布越しに肉芽を見つけて押しつぶせば鳴海はちいさく息をのんだ。好きな場所だと知っているし苛めてやりたい気持ちは持っているけれど、どうにも布地のせいで勝手が違う。指先で捏ねようとしてもつるりと逃げて、思い通りにいかなかった爪がそこをかすかに引っ掻く結果になった。
「ァん」
 やたらと甘い鳴き声は鳴海も意図しなかったのか、ふるえた後にそろそろと雷堂と視線を合わせて来た。目尻のあたりに僅かな羞恥を見つけておとがいから耳の裏までじっとりと舌を這わせる。
「待て、それだめ、だ、綾ちゃん」
 口で駄目だと言ってはいてもあからさまに感じられてしまえば雷堂にそれを止めるという選択は無い。喰えと言わずとも挑発だけはしてくるのだから期待に応えて余すとこなく食べてしまわなければ。欲にかられてだんだん単純になってくる頭で考えられるのはせいぜいそれぐらいだ。
 あとは目の前の女が鳴海だとわかっていればいいぐらいで。
「だめか?」
 雷堂の方が物足りないぐらいの軽さでずっと引っ掻き続ければ、あっという間に想い人は息をあげて抵抗するそぶりを見せた。ただ腕を剥がそうとする力なんて耳を口に含めば霧散してしまうし、腰をくねらせているのだって逃げているのか押し付けているのかわからない。
「そこばっかだめ、へん」
 普段の下着なら同じようにしてもここまでの刺激が伝わるとは思えないし、直にならまた別の刺激になるだろう。巫山戯た格好は今のところ雷堂がそういう意味で楽しいだけのものかと思っていたけれど、どうやら女にも少しぐらいは利点があるようだ。時たま開いた指を下に探らせて穴を押すと肉が潤んでいるようにも思えた。
「〜〜ッ!」
 そこばかりがだめだと言うなら、と耳朶をしゃぶり、孔を尖らせた舌先で探る。布の表面だけを削るように爪先を動かし続けているうちに女は目を固く閉じてびくりとふるえた。は、と小さな吐息が幾つもこぼれ落ちる。
「……だめっつったのに」
 拗ねたように睨まれても煽られるだけだ。目尻に浮かぶ涙がまばたきで頬の稜線を滑り落ちていくのを眺め、雷堂は果てた女の肌へ再び手を伸ばした。
「よさそうだったからな」
「ん、よかったけど、お前まだだし、ちゃんと触ってほしいしーーも、なか、ほしい」
 はしたないお強請りは珍しくもないけれど、毎度毎度きっちり反応する己の欲もどうなのかと思う。片隅で思いながら覆い被さり、まだ鳴海の下半身を覆う服を脱がせようとしてその面倒さに焦れた。ならこっちの方が早い、と秘部の布に親指を引っかけ外側へぐうっとずらす。雷堂の予想が正解ならどうせこういうこともしやすい造りになっているはずだ。
「はァ、あ、」
「確かに破けやすい、な」
 大きく開かせる動きで腹の方まで覆っているらしい薄布がさらに裂けたらしい。遮るものが無くなったそこはぐちゃりと濡れ、指で寄せた布地の裏と粘液で細く繋がっている。あれだけ弄ったせいか漸く目にした肉芽はこれ以上ないぐらい充血してひくひく揺れていた。いっそ哀れむ気持ちのまま粘液を掬った指で捏ねると鳴海が素直に喘ぐ。
「ばか、お前も、ひッ」
 力が入りきらないらしく肩を起こして必死に延ばした鳴海の手は、雷堂の腕を更に超えて学生服のズボン、ベルトの金具へどうにかたどり着いた。雷堂が弄る指先を止めないままだから、快感におぼつかないその手は常の器用さが見当たらない辿々しさで下履きを剥がそうとしてくる。強く刺激するたびに軽く絶頂を迎えているらしい想い人のために最後は自らの手で下履きをくつろげて、手を離したことでまた布地の向こうへ隠れた其処に熱を押し当てた。
「焦らすなよ、ぉ」
 泣き出してしまいそうな瞳に満足して抱えた片足の膝へひとつ口付けを落とす。それからもう一度布地をずらし、指が楽に入る事を確かめて襞を抉りながら引き抜いた。嬌声は雷堂の耳に心地よく響いて熱を煽る。
「ーーッ」
「あつ、い」
 あついだなんてこちらの台詞だ。先端だけはゆっくり飲み込ませて後は勢い任せに数度腰を振る。合わせて意味の無い音が鳴海の口からこぼれ落ち、肉壁を割り進んで最奥にたどり着けば目を閉じてしまった。瞳が見えないのが物足りなくて仕方ない。
「鳴海」
 頬に手を添えて呼べば瞼がそっと持ち上がる。口付ければまたその顔を見る事は叶わなくなったけれど、想い人の腕が首に回ったのを感じればひとまず満足した。じゅぐ、じゅぷ、と腰を揺らすたびに卑猥な水音が響く。合わせた唇の間に生まれるのも似たようなものだ。
「ふ、くくッ」
「どうした?」
「うさぎってさ」
 艶かしい吐息の合間にぽつぽつとこぼれる言葉は酷く楽しげに聞こえる。先端で感じるところを抉るように抜き差しを繰り返しながら様子を伺えば組敷いた兎は小さく鳴いた。
「年中発情期だから、こんな服の元になったらしい、んだけど。いつでもどうぞって、さ。でもうさぎがそう、なのって、いろんなのに喰われちまうからだろ、確か」
 この衣装にそんな暗喩が含まれているならひどくいやらしいと雷堂でも思う。ただ想い人が笑っている理由までは思い至らず、先を促せば囁きは耳に直接押し込まれた。
「ーーお前も全部喰っちまえ」
 うさぎさんからのお願いです。
 ああくそ、こんなものを甘えだと捉えてしまうのだから自分だってどうにかしている。うさぎの遊びに託つけた冗談にしてそんなことを強請るな。抱き潰されることでこちらの情を計るな。馬鹿みたいに、それこそ鳴海自身より雷堂を信用しているのも嘘ではないくせに。文句はいくらでもあったけれど雷堂の口から出たのは別の言葉でしかなかった。
「残すような阿呆ではないぞ」
「は」
 いやらしい空気などどこにも感じさせない間抜けな音が、重なる身体の隙間に滑り込んでいく。ぱちぱちと瞬きを繰り返し、そして漸く理解したらしい鳴海が予想通りの行動に出る前に奥まで肉を突き入れた。
「ひッ、あ! はは、やばい、綾ちゃん、ァは、ぁぁあ」
「黙って、喰われろ!」
「……、すき、ぃ」
 雷堂の色々を勝手に理解してくれる想い人の笑い声を無理矢理に嬌声で上書きさせ、それでも届いた意味のある言葉は告白だった。卑猥な誘いよりも何よりもまっすぐ心に落ちる媚薬。絡んでくる内壁と鳴海の腕に何も考えられなくなる。快楽と想い人しか頭に無い。
 煽られてすぐそこだった限界はすぐ訪れ、鳴海の奥へ遠慮なく注いだ。
「あ、やだ」
 肉を引き抜こうとすれば襞と力の抜けた足がまとわりついて縋ってくるけれど、逆らって身体を離す。荒い息のまま見上げてくる鳴海を台の上で反転させ、床に足を下ろさせれば上半身だけ台に懐いた格好になる。
「はやく、」
 そこだけが随分伸びてしまった布地を掻き分ければさっきまで繋がっていた場所がどろどろに濡れ、雷堂の名残なのかゆるく口を開いていた。生々しい肉の色に目を奪われていると待ちきれないのか女が片膝を台に乗り上げて腰をくねらせる。確かにその方が足を大きく開いていれやすいのは間違いない、けれど。
「なァ……ッ」
 尻を振れば真っ白の尻尾も同じように揺れた。ひくついている孔には動いたためかいつのまにか白濁が滲んでいる、そんな格好で肩越しにこちらを見る鳴海は発情していると言って差し支えないだろう。頭の上で黒い耳がひょこりと揺れる。
 この女は発情したうさぎだ。
 ただし雷堂に発情した、雷堂だけのうさぎだ。
「鳴海」
 その名を呼んで固さを増した肉を潜り込ませると、うさぎがびくびく跳ねた。先ほどもいじめた弱い部分を雁首で狙えばいくらもしないうちに中がきゅうっと締まる。
「あ、あ、ーーッ!」
「もう少し付き合え」
 喰い足りん。
 ちゃんと聞こえたのか定かではない焦点のあやうい目で、それでも想い人が首を縦に振るのを雷堂は見た。ざわざわと内壁が刺激してくるのを振り切って最奥に先端を擦り付ける。
「ひ、あ」
 奥に押し付けて捏ねれば独特の感触が気持ちいい。乱暴にしてしまいたいのを押さえて腕を延ばし、浮いている腿を支えながら肉芽を擦る。様々な体液に塗れたそこが滑る布地越しとはまた違う意味で指先から逃げてしまうのを楽しみ、指の腹で扱いてやれば小さな悲鳴とともに中まで締め付けられた。
「っく」
「あー、っ、い、く、あや、いっちゃ…!」
 ひんひんと鳴くしか出来なくなったうさぎはやがて激しい律動など一度も無いまま背を仰け反らせ、咽び泣きながら果てを迎えた。絶頂の名残を内側で感じながら雷堂は己の快感を追うために少しずつ腰を振る。
「鳴海」
「っ、う、あ……、また、ァ」
 立て続けに気をやればつらいのだと察する事はできるけれど、残さず喰えと言ったのは鳴海なのだからこれ以上の免罪符も他に無い。背中から抱きすくめて好き勝手に抜き差しを繰り返し、時折跳ねる身体を項に歯を立てて押さえ込む。
「あーーッ」
 ぐっと乗り出して泣きっぱなしの頬を舐める。耳に好きだの一言を押し込めてから雷堂は再び急所を噛み締めたまま女の奥を穿ち、そのまま精を注いだ。ずっとひくついている内側が飲み込むように蠕動を繰り返すのを堪能する間にも、想い人の上気した肌から玉になった汗が滑り落ちていく。背中のそれを舌で掬い、項に残る歯形へそっと口付けて。
 それから漸く雷堂は満足げな息を吐くことができた。



「……これはなんだ」
「え? お前鳴海サンとのあんなに熱い愛のメモリィ忘れたとか言う?」
「忘れたわけではないが」
 休日が晴れていれば鳴海探偵社の書生は洗濯に勤しむのが恒例になっている。朝早くにそれをすませた雷堂は午前を鍛錬にあて、帰って来て鳴海との昼食を作り、午後の見回りへ出る前にはためく洗濯物を回収しようと屋上へ出た。食後の一服を屋上に決めた上司は手伝わずに側で紫煙を燻らせている。そうして大きなシーツの隙間に見つけた黒は干した覚えが無いものだ。
「取っておいたのか」
 先日の事件で鳴海が纏っていた兎を模した衣装が外からは見えない位置で風に揺れて雷堂を迎えた。いろいろあって破ってしまった足用の薄布は流石に見当たらないが、黒く長い耳や蝶タイが隣で揺れている。
「だって良い造りだろ? もったいないし置いといたんだけど、たまには陰干しでもってな。それに」
 想い人は煙を吐いてからにやりと笑った。からかう時の顔だ。
「お前うさぎさんと遊ぶのたのしそうだったからさ」
「……」
 否定できない雷堂に鳴海はけらけらと笑い、学帽の鍔を勝手に引き下げて階下への扉まで進んだ。雷堂が鍔を上げて視界を取り戻した頃にはもうノブに手をかけている。
「ま、次のご利用お待ちしております」
 取り込みよろしく。
 喉を鳴らしながら手を振った鳴海を見送り、雷堂は家事の続きに取りかかった。頭の中には今見たばかりの後ろ姿を思い描く。想い人の背、襟と髪で見えなかった項。その味と感触ははっきりと思い返すことができる。
「ーーまだ修行が足りんな」
 思わず口に湧いた唾を飲み込んでから苦笑した。こんな様を翡翠の目をした烏に見られたらしばらくからかわれるに決まっている。いくら先達とはいえ流石にそれは面白くない。
 衣装を手に取れば鳴海が身に付けていたとは思えないほど小さな布でしかなかった。次のご利用を、と鳴海は口にした。ならこれを使って「遊ぶ」決定権は雷堂に委ねられたということだろう。どうせならさっそく今晩使ってやろうか。風呂上がりの浴衣の代わりにこれを置いておけば想い人はどんな顔をして、どんな想いで手に取るのか、雷堂にはっきりと予想する事はまだできない。
 それでもきっと、閨に現れるのは雷堂のうさぎに違いないのだ。

 うさぎを残さず食べるため、雷堂はひとまずはためくシーツを丁寧に取り込んで洗濯籠にそっとしまい込んだ。

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