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point  バニガえろ/雷ナル(♀) 
2015年01月07日(Wed) point
「や、お見事お見事」
 ぱちぱちぱち。間の抜けた拍手が薄暗いホールに響く。退魔刀を一振りして悪魔の体液を床に叩き付け、雷堂は瘴気となって空気へ熔けていくそれを無言で見送った。そうしているうちに近づいて来たのは上司の女だ。
「……所長が居るとは聞いてなかったが」
「お前が出て行った後にカラスからいろいろ言われちまってな」
 ヤタガラスの指示と言われてしまえば雷堂にはこれ以上続けて問う手段も無い。軽くため息を吐いた部下に何を思ったのか、鳴海が小さく笑った。
「避難は」
「私が見た限りじゃ逃げ遅れはいないかね、まァ警察が来るのは朝方ってとこか。偉いさんが絡んでるみたいだからな……それでもこれ以上犠牲者が増えるこたないだろうよ。せっかくだから玉突きの練習でもしてくか? お前ビリヤードやったことないだろ」
 言って鳴海が視線を向けた先には豪奢な作りの玉突き台が幾つも鎮座している。見渡せばポーカーやルーレットといった賭博の台も複数並び、それぞれの間にはこれでもかと高い酒の瓶を並べた棚を背負うカウンターと革張りのソファ。地下に作り上げられたサロンは悪魔との戦闘であちこち破損しているとはいえまだ絢爛な様を残している。
「確かにやったことはない、が。その巫山戯た格好はどうした」
「あれー、似合わない?」
 雷堂の冷たい視線を平然と受け止め、鳴海はその場でくるりと回ってみせた。つられて頭につけられていた大きな黒い縦長の耳がひょこりと揺れる。ご丁寧に尻の部分には丸く白い尻尾まで付いていて、雷堂にも巫山戯た格好がうさぎを模しているのはなんとなくわかった。蝶タイ、カフスぐらいならまだ見たことはある。ただスカアハのように手足を曝け出し、更には胸元まで開いた服とも呼べないような黒い衣装にこれまた袖のない燕尾服のような黒い上着を身に着ける格好は未知のもの。付け襟や手首のみのカフスが肌の色や黒から浮いてやけに白い。キューを持つ腕はカフスだけで他には何も纏われていないのに、長い足は肌の色が透けて見える薄黒い布に覆われていた。よほど目地が細かいのか肉の隆起にそって光を反射させる部分がいやに艶かしい。
「似合わないわけではない」
「ならよかった」
 似合う似合わないで言えば間違いなく似合っている。が、正しく言い換えるならばこれは「とてもいやらしい」だ。流石にそこまでは口にせず学帽の鍔を引き、思い直して戻す。
「ここの主人がこしらえた給仕の衣装だってよ。まぁいろんなこと思いつくもんだ」
 なら鳴海は給仕を装って潜入でもしていたということだろう。とても言えないような接待も兼ねていただろうと思わせる格好は魅力的だが面白くない。こういったところに足を運ぶような輩は大体において権力を金と享楽に注ぎ込むと雷堂でももう知っている。
「……不穏な真似はされてないだろうな」
「心配してくれてんのか」
 からからと笑った鳴海が背後の玉突き台に凭れ、芝居染みた動作で足を組んだ。それがどれだけいやらしく目を引くかだなんて雷堂よりも鳴海の方がわかっているに違いない。
「だーいじょうぶだって、うまいことやってたから。まァ相手してたらチップ突っ込まれたりはしたけど」
 高額紙幣が胸のふくらみを半分ほどしか覆っていない布地の中からするりと現れ、雷堂の眉が寄るのを見ているはずの女はひらひらと金を揺らした。
「なんか美味いもんでも食いにいくか。もらったもん捨てるのもあれだしな。それとも」
 つい、と延ばされた足先が雷堂の膝あたりを僅かに撫ぜる。細く高い踵の造りになっている靴はハイヒールというのだと聞いたのはいつだったか。
「遊んでく?」
 口元を笑みの形に歪め半分伏せた目で見上げてくる様はどうかと思うぐらい似合う。喉を鳴らすのを意思の力で無理矢理に押しとどめ、雷堂は僅かな距離をつめてうさぎの耳をくいと引いた。
「何だよ」
「よくできたつくりものだ」
「そうだな、結構金かかってるっぽいし。かわいくてやらしいって評判だとさ」
 お前には効かないみたいだけど。眉を下げ笑いながら言う女の癖毛にそのまま触れ、誤解が生まれないうちにと内心焦りながら言葉を紡ぐ。
「効かないわけがあるか。我と同じ目で鳴海さんを見た輩が居ると思うと面白くないだけだ」
 直に触れてはいなくともその胸元へ金を押し込んだ所行にも腸が煮えくり返る思いだがそれは口に出さずにおいた。いやらしい目で見ている、というだけならどこぞの輩も雷堂も大差ない。だが鳴海は雷堂の上司であると同時に恋人であるのだから、任務で仕方なかったとはいえ腹を立てるぐらい許されるだろう。
 鳴海はぱちりとひとつ瞬きしてから喉を鳴らして雷堂に頭を預けて来た。
「っく、は、良いなお前、流石だわ」
「何がだ」
「いや、ひとまずこれだけ言っとく。他のやつだったら全っ然、これっぽっちも思わないんだけど」
 女の手が伸びて雷堂の頬に両の手を当てた。添えられる程度のそれには殆ど力が入っていない。
「お前にやらしい目で見られるのは悪くない」
 言葉の終わりに押し当てられた唇からは化粧の香りがする。また雷堂の肩に懐いた鳴海の表情は読めなかったが、声が穏やかな事には安心した。
 例えばこれが恋人以外から性的な目で見られたのが嫌だから、と上書きを求めて縋る素直な女だったらもう少し話は簡単だったかもしれない。鳴海の自己申告が本当なら他人を誘導する事に長けた元密偵は舐るような視線に不快すら覚えず、恋人の反応だけうれしく思っているんだろう。自分でも意外なぐらいそこは疑っていない。
 疑っているのは「手を出されていないから大丈夫」ではなく「手を出されてはいるが気にする価値もない些細な事だから大丈夫」だと鳴海がすげ替えている可能性だ。しかもタチの悪い事に無意識下で。流石に最後まで襲われていればそれを些細な事扱いしないだろうし、今この場で雷堂を誘うようなこともしないだろう。と思えども真実を掘り起こす手段も気持ちも雷堂には無く、ひとつだけはっきりしているのは面白くない、ただそれだけだ。触られている事も誘いの半分ぐらいがこちらへの気遣いである事も引っくるめて面白くない。それぐらいはもう自惚れてもいいだろう。
「……ほんとに大丈夫だから心配すんなって」
 若造へ聞かせるつもりがあるのか判断付かない程度の囁き声に、ただ溜め息を吐けば女が笑う。
「さァて、うさぎさんとは遊んでくんないの?」
 返事の代わりに口付けてやれば腕の中の兎はくぅんと鳴いた。


「ん」
 するりと伸びた指先が学生服の詰襟を開く。鳴海が機嫌良さげに釦を外していくのを眺め、中の襯衣も含めて首回りが解放されたところで雷堂はその手を奪った。
「随分楽しそうだ」
「んー、まあなァ」
 はだけた首元に女の唇が押し当てられ、生きた熱は雷堂の身体へ染み渡ってどこか深いところへ落ちた。からかうような甘噛みの感触は背筋をぞくりとふるわせる。
「素直に言ったらお前ひきそうだけど」
「今更だな」
「違いない」
 くつくつと喉を鳴らす鳴海が歯をたてるのを止める気配はない。好きにさせたまま雷堂もその身体を好きに撫ぜまわした。黒の布地は思っていたよりも更に上質なようで、滑らかな感触がその向こうにある肉の柔らかさまで伝えてくれる。袖無しの燕尾服を玉突き台へ落として肩と胸元を露にさせ、直に背を手のひらで辿れば肌を吸い上げられた。跡がついた、と思う。
「悪いなァと思うけど、お前がそんななのは気持ちいい」
「……言っているではないか」
「あはは」
 手のひらに乳房をおさめてその弾力を堪能したいのに、布地の上からだと滑らかさが引っかかりを無くして指から肉を零してしまう。焦れて黒を引き摺り落そうとしても肌にぴったりと沿った布は思い人の柔い肉を支える事に忠実だった。枠だとか芯だとか、そういうものが入っているのかもしれない。
「ッ、は……、?」
 直にではなくてもこれだけ執拗に捏ねられていればその先端は黒の向こう側で赤く凝っているに違いない。布越しに固さを捉えていても指先は翻弄されるばかりで、雷堂の様子に何か感じたのか耳の下にひとつ口付けて鳴海が漸く顔を離した。とはいっても台に腰掛けている想い人へ雷堂が被さっている格好のままだから、至近距離で上目遣いを拝む羽目になる。
「どした」
「いや、脱がせ方がわからん」
「あー」
 僅かに潤んだ瞳がぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「後ろ。紐になってるから」
 甘えた声が強請っていると思うのは都合のいい妄想だろうか。聞いてもそれこそ都合のいい言葉だけが返ってくる予測しかできない。真実を知る事は早々に諦め、雷堂は大きく開いた背中の下に編み上げ部分を見つけて蝶結びを引いた。しゅるり、と不自然なぐらいにあっけなく結び目がほどける。編み上げなら一つずつ緩めてようやっと全体が緩みそうなものなのに、あまりのあっけなさにつられて胸へ手を向ければあっさり布が剥がれ落ちた。さっきまでの苦労が嘘のようだ。
「ん、ァ、はは、上手上手」
 不可思議な編み上げの造りはこうやって脱がすための仕組みなのだろう。思い至れば頭のどこかがかっと煮え、勢いのままに柔い肉を手の中でつぶす。びくんと跳ねた身体を宥めるように指で弄べば、濡れた息が鳴海からこぼれた。
「っく」
 台の上に押し倒して胸にむしゃぶりつく。鳴海はたまらないといった様子で身を捩り、雷堂の頭を抱えた。その指先が耳へ悪戯をしかけてくるのだからまだ余裕はあるのだな、と頭のどこかが判断を下す。もっとわけがわからないぐらい乱れてくれれば良いのに。
 鳴海の片足が持ち上がったかと思えば雷堂の腰に擦り付けられ、片手をその浮いて出来た隙間へ差し込んで足の付け根を摩った。唾液に塗れた胸を吸い上げていると耳を引かれ、視線を合わせれば思ったより熔けた瞳の中に男の姿が見える。
「喰われちまいそ、ッ」
 くつくつと喉を鳴らす想い人の求めはわかっているから伸び上がって深く唇を合わせれば、鳴海の方から舌を絡めて来た。吸われて思わず身体がふるえ、気づかれているだろうことが気恥ずかしくて尻を掴んでいた指先を黒い服の内側に忍び込ませる。
「あ」
 思ったより布地は伸びて雷堂の指を迎え入れ、腿を覆う透けた布との間にぴったりおさめて自由な動きを許した。黒い布にも滑らかさと柔軟性があるけれど、透けた布も段違いに指先を弾いて滑らせる。思わず力を込めて指を立てると小さな感触が爪の先で弾けた。それが続けて二三度起こったかと思えば手を差し込んだあたりの薄い布が裂け、ぽつりぽつりと歪な穴から日に焼けていない真っ白な肌を覗かせている。
「すま、ない。破った」
「やーらしー。って謝んなよ、あたしのじゃないんだしそもそも破けやすいつくりだろ。ほら、」
 言って女は手を伸ばすと、自らの下肢に手をやって殆ど付け根部分を覆う薄布を気軽に裂いた。ぴりり、とかわいらしいとも言える音の結果はとんでもなく卑猥だ。黒い布の服は変わらず腹から足の付け根まではきっちりと身体を隠しているのに、さっきまで足を完璧に覆っていた薄布が付け根付近であちこち裂けて生の肌を晒している様。
「な?」
「ッ」
 唾を飲み込む音が聞こえていようが鳴海相手だからもうどうでもいい。再度口付けて貪りながら薄布の穴へ指を入れて気が済むまで裂いて広げる。そのまま指先を滑らせて秘部まで辿れば鳴海に下唇を噛まれた。黒い布地の滑りはここでも健在で、そろえた指をぐっと押し当てて回す度に女の身体がひくりと揺れる。
「あ、は」
 声に混ざる笑いが満足げに聞こえるのがどうしてなのかはわからない。
「兎なら大人しく喰われろ」
「え?」
 口の中で呟いた文句は届かなかったらしく、混ざった唾液と一緒にそれを飲み込んで先のお返しとばかりに首を吸った。タイが邪魔で随分と上になってしまったからいつもの三つ揃えを着れば髪型次第で見えてしまう位置だ。
「ちょっ、ばかやろ……ッ!」
 撫で摩る秘部の布越しに肉芽を見つけて押しつぶせば鳴海はちいさく息をのんだ。好きな場所だと知っているし苛めてやりたい気持ちは持っているけれど、どうにも布地のせいで勝手が違う。指先で捏ねようとしてもつるりと逃げて、思い通りにいかなかった爪がそこをかすかに引っ掻く結果になった。
「ァん」
 やたらと甘い鳴き声は鳴海も意図しなかったのか、ふるえた後にそろそろと雷堂と視線を合わせて来た。目尻のあたりに僅かな羞恥を見つけておとがいから耳の裏までじっとりと舌を這わせる。
「待て、それだめ、だ、綾ちゃん」
 口で駄目だと言ってはいてもあからさまに感じられてしまえば雷堂にそれを止めるという選択は無い。喰えと言わずとも挑発だけはしてくるのだから期待に応えて余すとこなく食べてしまわなければ。欲にかられてだんだん単純になってくる頭で考えられるのはせいぜいそれぐらいだ。
 あとは目の前の女が鳴海だとわかっていればいいぐらいで。
「だめか?」
 雷堂の方が物足りないぐらいの軽さでずっと引っ掻き続ければ、あっという間に想い人は息をあげて抵抗するそぶりを見せた。ただ腕を剥がそうとする力なんて耳を口に含めば霧散してしまうし、腰をくねらせているのだって逃げているのか押し付けているのかわからない。
「そこばっかだめ、へん」
 普段の下着なら同じようにしてもここまでの刺激が伝わるとは思えないし、直にならまた別の刺激になるだろう。巫山戯た格好は今のところ雷堂がそういう意味で楽しいだけのものかと思っていたけれど、どうやら女にも少しぐらいは利点があるようだ。時たま開いた指を下に探らせて穴を押すと肉が潤んでいるようにも思えた。
「〜〜ッ!」
 そこばかりがだめだと言うなら、と耳朶をしゃぶり、孔を尖らせた舌先で探る。布の表面だけを削るように爪先を動かし続けているうちに女は目を固く閉じてびくりとふるえた。は、と小さな吐息が幾つもこぼれ落ちる。
「……だめっつったのに」
 拗ねたように睨まれても煽られるだけだ。目尻に浮かぶ涙がまばたきで頬の稜線を滑り落ちていくのを眺め、雷堂は果てた女の肌へ再び手を伸ばした。
「よさそうだったからな」
「ん、よかったけど、お前まだだし、ちゃんと触ってほしいしーーも、なか、ほしい」
 はしたないお強請りは珍しくもないけれど、毎度毎度きっちり反応する己の欲もどうなのかと思う。片隅で思いながら覆い被さり、まだ鳴海の下半身を覆う服を脱がせようとしてその面倒さに焦れた。ならこっちの方が早い、と秘部の布に親指を引っかけ外側へぐうっとずらす。雷堂の予想が正解ならどうせこういうこともしやすい造りになっているはずだ。
「はァ、あ、」
「確かに破けやすい、な」
 大きく開かせる動きで腹の方まで覆っているらしい薄布がさらに裂けたらしい。遮るものが無くなったそこはぐちゃりと濡れ、指で寄せた布地の裏と粘液で細く繋がっている。あれだけ弄ったせいか漸く目にした肉芽はこれ以上ないぐらい充血してひくひく揺れていた。いっそ哀れむ気持ちのまま粘液を掬った指で捏ねると鳴海が素直に喘ぐ。
「ばか、お前も、ひッ」
 力が入りきらないらしく肩を起こして必死に延ばした鳴海の手は、雷堂の腕を更に超えて学生服のズボン、ベルトの金具へどうにかたどり着いた。雷堂が弄る指先を止めないままだから、快感におぼつかないその手は常の器用さが見当たらない辿々しさで下履きを剥がそうとしてくる。強く刺激するたびに軽く絶頂を迎えているらしい想い人のために最後は自らの手で下履きをくつろげて、手を離したことでまた布地の向こうへ隠れた其処に熱を押し当てた。
「焦らすなよ、ぉ」
 泣き出してしまいそうな瞳に満足して抱えた片足の膝へひとつ口付けを落とす。それからもう一度布地をずらし、指が楽に入る事を確かめて襞を抉りながら引き抜いた。嬌声は雷堂の耳に心地よく響いて熱を煽る。
「ーーッ」
「あつ、い」
 あついだなんてこちらの台詞だ。先端だけはゆっくり飲み込ませて後は勢い任せに数度腰を振る。合わせて意味の無い音が鳴海の口からこぼれ落ち、肉壁を割り進んで最奥にたどり着けば目を閉じてしまった。瞳が見えないのが物足りなくて仕方ない。
「鳴海」
 頬に手を添えて呼べば瞼がそっと持ち上がる。口付ければまたその顔を見る事は叶わなくなったけれど、想い人の腕が首に回ったのを感じればひとまず満足した。じゅぐ、じゅぷ、と腰を揺らすたびに卑猥な水音が響く。合わせた唇の間に生まれるのも似たようなものだ。
「ふ、くくッ」
「どうした?」
「うさぎってさ」
 艶かしい吐息の合間にぽつぽつとこぼれる言葉は酷く楽しげに聞こえる。先端で感じるところを抉るように抜き差しを繰り返しながら様子を伺えば組敷いた兎は小さく鳴いた。
「年中発情期だから、こんな服の元になったらしい、んだけど。いつでもどうぞって、さ。でもうさぎがそう、なのって、いろんなのに喰われちまうからだろ、確か」
 この衣装にそんな暗喩が含まれているならひどくいやらしいと雷堂でも思う。ただ想い人が笑っている理由までは思い至らず、先を促せば囁きは耳に直接押し込まれた。
「ーーお前も全部喰っちまえ」
 うさぎさんからのお願いです。
 ああくそ、こんなものを甘えだと捉えてしまうのだから自分だってどうにかしている。うさぎの遊びに託つけた冗談にしてそんなことを強請るな。抱き潰されることでこちらの情を計るな。馬鹿みたいに、それこそ鳴海自身より雷堂を信用しているのも嘘ではないくせに。文句はいくらでもあったけれど雷堂の口から出たのは別の言葉でしかなかった。
「残すような阿呆ではないぞ」
「は」
 いやらしい空気などどこにも感じさせない間抜けな音が、重なる身体の隙間に滑り込んでいく。ぱちぱちと瞬きを繰り返し、そして漸く理解したらしい鳴海が予想通りの行動に出る前に奥まで肉を突き入れた。
「ひッ、あ! はは、やばい、綾ちゃん、ァは、ぁぁあ」
「黙って、喰われろ!」
「……、すき、ぃ」
 雷堂の色々を勝手に理解してくれる想い人の笑い声を無理矢理に嬌声で上書きさせ、それでも届いた意味のある言葉は告白だった。卑猥な誘いよりも何よりもまっすぐ心に落ちる媚薬。絡んでくる内壁と鳴海の腕に何も考えられなくなる。快楽と想い人しか頭に無い。
 煽られてすぐそこだった限界はすぐ訪れ、鳴海の奥へ遠慮なく注いだ。
「あ、やだ」
 肉を引き抜こうとすれば襞と力の抜けた足がまとわりついて縋ってくるけれど、逆らって身体を離す。荒い息のまま見上げてくる鳴海を台の上で反転させ、床に足を下ろさせれば上半身だけ台に懐いた格好になる。
「はやく、」
 そこだけが随分伸びてしまった布地を掻き分ければさっきまで繋がっていた場所がどろどろに濡れ、雷堂の名残なのかゆるく口を開いていた。生々しい肉の色に目を奪われていると待ちきれないのか女が片膝を台に乗り上げて腰をくねらせる。確かにその方が足を大きく開いていれやすいのは間違いない、けれど。
「なァ……ッ」
 尻を振れば真っ白の尻尾も同じように揺れた。ひくついている孔には動いたためかいつのまにか白濁が滲んでいる、そんな格好で肩越しにこちらを見る鳴海は発情していると言って差し支えないだろう。頭の上で黒い耳がひょこりと揺れる。
 この女は発情したうさぎだ。
 ただし雷堂に発情した、雷堂だけのうさぎだ。
「鳴海」
 その名を呼んで固さを増した肉を潜り込ませると、うさぎがびくびく跳ねた。先ほどもいじめた弱い部分を雁首で狙えばいくらもしないうちに中がきゅうっと締まる。
「あ、あ、ーーッ!」
「もう少し付き合え」
 喰い足りん。
 ちゃんと聞こえたのか定かではない焦点のあやうい目で、それでも想い人が首を縦に振るのを雷堂は見た。ざわざわと内壁が刺激してくるのを振り切って最奥に先端を擦り付ける。
「ひ、あ」
 奥に押し付けて捏ねれば独特の感触が気持ちいい。乱暴にしてしまいたいのを押さえて腕を延ばし、浮いている腿を支えながら肉芽を擦る。様々な体液に塗れたそこが滑る布地越しとはまた違う意味で指先から逃げてしまうのを楽しみ、指の腹で扱いてやれば小さな悲鳴とともに中まで締め付けられた。
「っく」
「あー、っ、い、く、あや、いっちゃ…!」
 ひんひんと鳴くしか出来なくなったうさぎはやがて激しい律動など一度も無いまま背を仰け反らせ、咽び泣きながら果てを迎えた。絶頂の名残を内側で感じながら雷堂は己の快感を追うために少しずつ腰を振る。
「鳴海」
「っ、う、あ……、また、ァ」
 立て続けに気をやればつらいのだと察する事はできるけれど、残さず喰えと言ったのは鳴海なのだからこれ以上の免罪符も他に無い。背中から抱きすくめて好き勝手に抜き差しを繰り返し、時折跳ねる身体を項に歯を立てて押さえ込む。
「あーーッ」
 ぐっと乗り出して泣きっぱなしの頬を舐める。耳に好きだの一言を押し込めてから雷堂は再び急所を噛み締めたまま女の奥を穿ち、そのまま精を注いだ。ずっとひくついている内側が飲み込むように蠕動を繰り返すのを堪能する間にも、想い人の上気した肌から玉になった汗が滑り落ちていく。背中のそれを舌で掬い、項に残る歯形へそっと口付けて。
 それから漸く雷堂は満足げな息を吐くことができた。



「……これはなんだ」
「え? お前鳴海サンとのあんなに熱い愛のメモリィ忘れたとか言う?」
「忘れたわけではないが」
 休日が晴れていれば鳴海探偵社の書生は洗濯に勤しむのが恒例になっている。朝早くにそれをすませた雷堂は午前を鍛錬にあて、帰って来て鳴海との昼食を作り、午後の見回りへ出る前にはためく洗濯物を回収しようと屋上へ出た。食後の一服を屋上に決めた上司は手伝わずに側で紫煙を燻らせている。そうして大きなシーツの隙間に見つけた黒は干した覚えが無いものだ。
「取っておいたのか」
 先日の事件で鳴海が纏っていた兎を模した衣装が外からは見えない位置で風に揺れて雷堂を迎えた。いろいろあって破ってしまった足用の薄布は流石に見当たらないが、黒く長い耳や蝶タイが隣で揺れている。
「だって良い造りだろ? もったいないし置いといたんだけど、たまには陰干しでもってな。それに」
 想い人は煙を吐いてからにやりと笑った。からかう時の顔だ。
「お前うさぎさんと遊ぶのたのしそうだったからさ」
「……」
 否定できない雷堂に鳴海はけらけらと笑い、学帽の鍔を勝手に引き下げて階下への扉まで進んだ。雷堂が鍔を上げて視界を取り戻した頃にはもうノブに手をかけている。
「ま、次のご利用お待ちしております」
 取り込みよろしく。
 喉を鳴らしながら手を振った鳴海を見送り、雷堂は家事の続きに取りかかった。頭の中には今見たばかりの後ろ姿を思い描く。想い人の背、襟と髪で見えなかった項。その味と感触ははっきりと思い返すことができる。
「ーーまだ修行が足りんな」
 思わず口に湧いた唾を飲み込んでから苦笑した。こんな様を翡翠の目をした烏に見られたらしばらくからかわれるに決まっている。いくら先達とはいえ流石にそれは面白くない。
 衣装を手に取れば鳴海が身に付けていたとは思えないほど小さな布でしかなかった。次のご利用を、と鳴海は口にした。ならこれを使って「遊ぶ」決定権は雷堂に委ねられたということだろう。どうせならさっそく今晩使ってやろうか。風呂上がりの浴衣の代わりにこれを置いておけば想い人はどんな顔をして、どんな想いで手に取るのか、雷堂にはっきりと予想する事はまだできない。
 それでもきっと、閨に現れるのは雷堂のうさぎに違いないのだ。

 うさぎを残さず食べるため、雷堂はひとまずはためくシーツを丁寧に取り込んで洗濯籠にそっとしまい込んだ。

point  蜜/雷ナル(♀)/くのきさんへ
2013年12月30日(Mon) point
「ッく」

 とんでもなく甘い悲鳴が零れそうになって鳴海はとっさに息を飲んだ。そんな反応を気にも留めない固い指先が身体を好き勝手に這い回り続ける。どうにか逃げようとしても、後ろから中途半端に剥がされ肘に溜まるスーツが邪魔でまともに腕が動かせない。雷堂の上に座っていただけなのに、立ち上がろうとした身体は引き戻されて学生服の片腿を跨ぐ格好で抱きしめられている。ご丁寧に空いているもう片方の足まで絡めてくるのだから逃げ場なんて無い。

「ちょ、雷堂ちゃ」
「……」

 どうしてこうなったんだっけ。
 混乱する頭で考えてみても、鳴海の記憶に心当たりはさっぱりなかった。いつも通りの年末、雷堂の作った夕飯を食べて、そうだ原田がクリスマス用にと仕入れたらしい洋酒で晩酌して、かわいい恋人と何でもない話をして。
 そりゃあそんないつもの流れでいちゃいちゃしてそのままというのは珍しくないけれど、そんな時はだいたい鳴海からからかう様に誘う事がほとんどで、今みたいに雷堂が了承すらとらず強引に抱こうとしてくる事なんて。

「なん、だ、よ……ァあ、んぅ」

 あったかい椅子だ、と胡座をかく雷堂の上に遠慮なく座り込んだのは確かに鳴海だ。でもこんなことになるだなんて思ってなかった。問いただそうと振り返った所を口付けられてくらくらする。舌を絡めとられてしまえば糾弾もできず、シャツの隙間から入り込んだ手のひらが肌を撫ぜながら胸まで辿り着くのに抵抗すらできなかった。

「ん、ふぁ」

 たくし上げられ露にされた腹や腋の皮膚に外気が当たってつめたい。それが曝け出している事実を突きつけてくるからいっそう居たたまれない。もともと酒精で高くなっていた体温は直接的な刺激で熱いぐらいだ。掻き回される咥内と同じぐらいぐちゃぐちゃになった思考の隅でもう涙目になっちまってるだろうなあと思った。

「あ、やぁ、それ」
「気持ち良さそうだ」

 ほどけた唇を追う前に乳房を掴まれ身体に変な波が走る。びくんと跳ねても鳴海を拘束する雷堂の腕と足の力が強まるだけだった。項に埋まった雷堂の熱い息を感じながら己の身体を見下ろせば、上質な布で仕立てられたシャツが男の手の形にふくらんでいる。

「ひ」

 揉みしだかれて不意に先端を捻られると堪えきれない声が漏れる。布越しで直接見る事は出来ないのに、与えられている刺激そのままにシャツが蠢いて陰影をつくりだす様はひどくいやらしかった。それだけでも堪え難いのに跨がっている雷堂の腿がぐいぐいと股間を押し上げてくる。

「あっ、だめ、なんだよ、どしたの、雷堂ちゃ、ふぁあッ!」
「たまには」
「へ、あ、それ、だめ」
「たまには強引なのもいいんだろう」

 鳴海が言った。
 小さく付け加えられた言葉を無駄に優秀な耳はしっかり拾ってしまい、喘ぐ隙間でなんとか考える。確かに酒の勢いでそんなことを言ったような気もするが、その程度の猥談やらからかいやらは日常茶飯事のはずだ。

「確かに好きみたいだな。いつもよりしおらしいのはどうした」
「ばっっか、やろ、そんなもん、綾ちゃんに、」

 お前が好きな様にぐちゃぐちゃにされるのが気持ち良くて仕方ないからに決まってる。

 言えば項の側で息を飲む音が聞こえ、雷堂の手はともかく足の動きは止まった。これ以上されていたらまだズボンも下着も身に付けているのにぐちゅぐちゅと音がしそうだったからほっとしていると、固い指先が腹をいやらしく撫ぜてからさらに下へと進んで行く。

「あ」

 簡単に前を開けられてしまったズボンと下着を掻き分け、入り込んだ指先はすぐにぐちゅりと卑猥な音を鳴海の耳へ押し込めて来た。そんなにも濡れている自分が恥ずかしい。そして気持ち良い。

「綾ぁ」

 潜り込んで内壁を抉る指に感じ入りながら恋人へ強請れば、口付けはあっさり与えられた。
 唾液を啜って飲み下しながら頭の隅ではうまくなったなあなんて考える。雷堂に鳴海が教える事だってそりゃあ確かに有るけれど、それが全部だなんてわけがない。どうやら強引な方が好みの性癖だと恋人は誤解したようだがいつその認識を正してやろうか。そりゃあもちろんそういうのが好きなのは認めるけど。
 好きな雷堂のやりたいようにされてるから気持ち良いんであって、それ以外じゃいやだし、そもそも強引なだけでこんな我ながらどうかと思う程反応しない。こんなに感じるのは。
 鳴海も少なからず雷堂の好きな様に躾けられているからだ。
 それを若者が自覚しているとは思えないけれどそういうことだ。たくさん身体を重ねて来た中で、鳴海だって雷堂につくりかえられている。うまくなったねぇと鳴海が言う度、それは鳴海さんのおかげだと返す雷堂のように。
 それが抱き合うということで、雷堂の女だということだろう。

「や、それだめ、い、ッ!」

 いいところばかりを抉られ続けて身体は簡単に果てを迎える。整わない息で喘いでいるとズボンが腿辺りまで引き下げられ、雷堂が荒い仕草で前を寛げているのを感じた。
 強引な方が。
その言葉が若者の矜持を刺激したのか、はたまた現在やら過去やらの嫉妬を呼び起こしたのか。きっと想いを交わした当初ぐらいの雷堂なら卑猥なからかいだと流せていた事だ。

「なぁ、はや、くゥ」
「ッ、煽るな…!」

 それが良い事なのか悪い事なのかと聞かれたらきっと苦笑しか出来ない。
 ただ今の充足を得られるなら鳴海は双手を上げて歓迎するしかないのだから。

「……、すき、」

 肉を埋め込まれながら吐いた本音はあっさり拾われてしまい、返って来た同じ言葉と快感に鳴海は咽び泣いた。


 

 

point  冬の午後/雷ナル♀(幼女)/鏡護さんへ
2013年12月30日(Mon) point
「らいろー」

 とてとてとて、と妙に軽い足音が近付いてくる。雷堂が思ったよりも早く声の主は足下まで辿り着き、ちいさな身体で学生服の足へぎゅっとしがみついた。

「ただいまあ。あったかいー」
「こら足で暖を取るな。ストーブに寄れ」

 おかえりなさい。
 言いながら軽い少女を持ち上げようとしても何が楽しいのか離れないのでそっと足を持ち上げ、しがみつかれているのをそのままに何歩か進む。そもそもストーブがあるのはすぐそこだ。

「随分冷えたな」
「でもね、風がきーんて、きれいだったよ」

 癖毛に指を入れて掻き回してやればはらんでいた空気は酷く冷たい。くすくす笑うナルミから外套を剥ぎ取り、室内用の上掛けを羽織らせて手を洗ってやる。ストーブの前で少女が黒猫を抱きかかえるのを確認してから雷堂は一度台所へ下がった。温かいものを飲めばきっとはやくあたたまるだろう。いつだったかナルミがホットミルクに蜂蜜を垂らして雷堂へ与えてくれた様に。

「飲め」
「わあ! ありがと!」

 来客用の机にマグを置けばナルミはすっかり慣れた様子で椅子をよじ登り、両手に抱えてから雷堂に笑顔を向けた。そうしてポケットからいくつか菓子を取り出して机に並べ出す。

「これは健三ちゃんからで、これが」

 業斗を連れての外出は相変わらず貢ぎ物を回収してくる散歩になっているらしい。それぞれの贈り主を聞き相槌を打ちながら、雷堂は手の中の珈琲を啜った。

「これおいしいから、らいろー、あーん」
「ん」

 素直に口を開けば入ってくる菓子は確かに美味いものだ。今度経費で購入するか、と考えながら咀嚼していると小さな瞳がじっと見つめていることに気付く。

「どうした」
「らいろー、今日、こーひーなのにまっくろ」
「……ああ」

 流石にナルミは目敏い。教えた事が無いこちらの嗜好に気付いていたのだな、と喉の奥だけで笑って褐色の液体をもう一口。今でも得意とは言えない独特の苦み、そして馥郁たる香り。
 ホットミルクを与えられた夜にも漂っていたそれ。

「たまには我もこうして飲む」
「ふうん? おいしい?」
「……、ああ」

 一呼吸の間を置いて頷けば、ミルクの香りを纏わせた少女が屈託なく笑った。


point  少しだけ昔の夜/ハカズ雷ナル♀
2013年11月23日(Sat) point
「起きたか」

 畳の上に乱れた掛布を絡ませた女が寝そべっている。紫煙を燻らせながらその姿を眺めていた男は灰皿へ煙草を投げ捨てると長い癖毛に指を伸ばして口の端を持ち上げた。

「……」
「明けたら出る」
「そう」

 男の言葉に女は身体を起こすと側の盆を手繰り寄せた。腕をのばす動作で掛布がするりと白い肌を滑り落ちる。

「なんだ、驚かんのか」
「あんたの準備が終わってることぐらいは知ってたよ。なんか待ってたのが漸く頃合いになったってとこかな」
「は」

 男は酷く楽し気に笑うと煙草をくわえる女に火を点けてやった。薄暗闇に橙色がぽつり、浮かんで見える。

「流石、正解だ。我の行く場所は見つけたし次代も育ったと思える。心残りも無い……いや、ひとつあったな」

 ゆるゆると紫煙を吐き出していた口元に骨張った指が伸び、自然な動作で煙草を奪う。そのままくわえてひとつ吸い込んでから男は言葉を続けた。

「これで貸しも無くなった」
「了解。もともとそんだけの安い取引だったよ」
「違いない。我は随分な交換をしたものだ。……あぁ、笑ったな」

 煙草をくわえたまま、男の腕が女をぐっと抱き寄せる。抵抗しない女は身体の重みを男に預けることはしなかったが、それでも背に回った手のひらがやわらかくそこを叩けばゆっくり目を閉じた。

「世話になった」
「お互い様だよ」

 くつくつと喉を鳴らす音。笑いの気配が二人分混ざり合い、波が引く様に消えてから男の手にほんの少し力がこもった。

「どうか息災で。鳴海は我の」

 いや、否定の呟きがはらりと部屋に落ちる。鳴海へ触れる前に空気へ溶けたそれはやわらかい色をしていた。


「――俺の、最高の相棒だった」


 夜の湿度はどこまでも穏やかに室内を満たしている。言われた言葉の残響までも闇に流してから、鳴海は男の胸を押して僅かな距離を取った。

「それはどうも」
「今生の別れにしちゃ味気無いな」
「この浮気者が、何言ってんだか。……今生になるかい?」
「あれには何十年と待たされたのだからこれぐらいは赦してもらうとしよう。まあ、次にもし我が鳴海と会うなら魂魄か黒い生き物だ」

 男の手がくしゃりと癖毛を掻き混ぜる。離れていく指先を眺める鳴海が僅かに目を細め、ゆるく息を吐いた。

「死んでも魂が縛られるとは聞いてたけどね」
「それが葛葉の名を継ぐ者の理だ。我に後悔は無い」
「相変わらずご立派だね。まぁあんたはそう言うと思ったけど」

 それに、と呟いてから女は口の端を持ち上げる。

「ほんとにご立派ならこんなことしないとも思うけど、私はあんたが何よりまっとうだと思うよ」

 魂だけになろうが黒い何かに縛られようが。

「……その言葉だけ、ありがたく頂戴するとしようか」


 僅かに眉を下げひっそり笑った男の目尻に生まれた皺を、今でも鳴海は覚えている。


point  やさしいはなし/ライ鳴(♀)
2012年08月24日(Fri) point
 ついてない一日だった。

 そもそも前日から取りかかっていた依頼が深夜の張り込み等で時間だけかかったものの、蓋を開けてみれば迷い込んできたジャックフロストの悪戯でしか無かったし、明け方前に帰宅し留守中の鳴海が散らかした探偵社をざっと片付けて仮眠を取れば珍しく寝坊した。朝食もとれず駆け足で師範学校へ向かえば級友には生きていたのかとからかわれ、放課後にはいつもより多くの女学生に呼び止められてさらにその内の一人には人目憚らず泣かれまでした。告白を断られて泣くのはわからないでもないが、慰めるだなんて器用なことも出来ずただただライドウの精神力は削られていくばかりだった。
 漸く学生ではなく召喚師として働く時間を得たと思えば鳴海がヤタガラスに呼び出されたという書き置きを残して消え、仕方が無いと二人そろっていくはずだった調査に向かえば人間の悪意をまざまざと見せつけられて溜め息が溢れた。普段なら受け止められるものも疲弊した精神と身体には酷く負担になる。何故己がこんなことを、と考えそうになった時は黒猫のひと鳴きで思考を中断させたがとんでもない自己嫌悪に苛まれた。当代葛葉ライドウが何を考えようとしたのか。ふがいない限りだ。
 さらに言えば運悪く手持ちの道具が尽きた状態で百鬼夜行に遭遇した。手子摺るとは言い難い相手でも百匹連なれば脅威になる。集中が途切れると途端に刃先が鈍り、破れた外套の裾が悪魔の血で染まる頃に漸く討伐は終わった。
「……あぁ」
 酷い格好でも真夜中なら道端で人に会うことは無い。重たい足を引き摺って銀楼閣を目指せば天辺に月が輝いていた。吸い込まれそうな正円が夜にくっきりと浮かんでいる。
 満月だったか。
 日に何度か確認していたはずのことを今更ながら思い出し、忘れていた自分に反吐が出そうになった。目にしてしまえば潮に導かれたのか腹の底でふつふつと湧く良くないものを感じた。魔に近い人間はただのそれよりも月から受ける影響が大きい。とっくの昔に知っていたことだ。
 傷口に感じていた拍動に合わせて良くないものが身体中へ響き渡る。錯覚だ、とライドウが首を振る頃には探偵社の扉がすぐそこの所まで来ていた。ゴウトを先に通すつもりで扉を開けながら足下を窺えば黒猫の姿は見えず、帰路の途中で名も無き神社へ行くと言って別れたことを思い出す。ほんとうに今日は情けない。自らに苛立ちながら探偵社へ身体を滑り込ませたライドウを迎えたのはやわらかなランプの光だった。

「おかえり」

 ガラス越しに卓上の光を認めてはいたがどうせ鳴海が消し忘れたまま寝たのだろうと思っていた。上司の気配の無さに驚くよりもただ単純に起きていたことが不思議で内心首を傾げるが、女の目がずっとライドウを見据えているので漸く思い至って口を開く。

「ただいま戻りました」
「うん」

 挨拶をすれば鳴海がへらりと笑い、煙草を灰皿に押し付けて近づいてきた。所長机には何枚か紙が散らばっているから珍しく事務仕事でもしていたのだろうか。頭の隅はどこか冷えた感覚でそんなことを考えているのに、身体の中で拍動を続ける良くないものが溢れそうになって思わず息を飲む。今のまま他人に近づいてもろくなことにならない気がしてライドウは外套を外すそぶりで上司を避けようとした。

「酷ぇ顔」

 嘘みたいな当然さで細い指の背がライドウの頬を撫ぜた。
 避けようとしたはずなのにどうしてこうなったのかわからない。やわらかな仕草で身体の重さが何倍にもなったように感じられて、ぐらりとライドウは鳴海へもたれかかった。

「す、みませ、」
「良いよ良いよ、でも座ろうな」

 長身がもたれたら鳴海の小さい体躯では大変だろうと思うのになかなか力が入らない。ライドウを受け止めたまま鳴海は側のソファへ座ると学帽を奪って放り投げた。カタン、床にあたった硬質な音が薄暗い探偵社に響く。
 幾度か背中を叩かれライドウはゆるく息を吐いた。ぼろぼろで帰ってきた部下を労ってくれるのはありがたいが、今許されるなら叫んでしまいそうだ。鬱屈した精神が満月で変な方向に手を広げている。デビルサマナーとして情けない、男なのに女性へ縋っているなんて、級友に悪気は無いとわかっていても生きていたのかは酷い俺はいつ死んでもおかしくない、泣かれるなんて理不尽だ、力の足りない己が嫌だ、こんな俺にやさしくされても、やさしく、されても。
 涙こそ出なかったけれど眼裏は熱く染まっていて、鳴海の肩に頭を預けているから情けない顔を見られていないことが唯一の救いだった。どろどろした感情のままでは鳴海に酷いことを言ってしまいそうだから早く離れなければと思うのに、身体は他人の体温に甘えきっている。ひとつ背中を叩かれる度にほんの僅かずつ鬱屈が薄れていくのもわかってしまって、ライドウはひっそり息を吐いた。
 短いのか長いのかわからない時間が過ぎ、まだ自己嫌悪と良くないものに浸っていても自室まで押さえて戻れると思えた頃、ふっと知覚出来たのは鳴海の香りだった。これだけ密着しているのだから感じるのは当然だ。苦手なはずの他人のそれへ何故だか飢えを感じ、ライドウは鼻先を癖毛に押し込んで上司の身体をぐっと抱いた。ん、と漏れた女の声で我に返って勢い良く身体を離す。

「すみませ、」
「んー……」

 何でこんな時に、と困惑しながらもライドウは下半身の熱を認めていた。最近処理をしていなかったのを思い出し、続けてこの状況は深夜の部屋に男女が二人きりだということも思い出す。鳴海が女性だというのは知っていたことだが、この時初めて本当にわかった気がした。どくん、拍動でまた全身に良くないものが染み渡る。情けない、こんな己が嫌だ、なのに。
 じっとライドウの目を見つめていた鳴海が眉を下げて笑い、ゆるく手を広げる。

「ライドウ」
「……俺、もう、部屋に」



「――おいで」



 耳に入った言葉を脳が理解する前に身体が動いている。
 他人に縋る。体温に縋る。肌の感触がただもっと欲しい。
 腹の奥でどろどろと煮える良くないものへ情動で火を付け、いずれ焼き尽くしてしまえ。
 ライドウは女の肉へ歯を立ててゆるされるよろこびに浸った。

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