生きてきて一番よかったセックスの記憶にしがみついている俺はものすごく馬鹿なんだと思う。


 軽子川の水面が午後の光を跳ね返して目に眩しい。きゃあきゃあと歓声を上げながら走るこども達の合間をするりと抜け、鳴海探偵社の所長はトランク片手に駅を目指していた。いつもと同じ三つ揃いのスーツを纏って癖毛に帽子をひっかけ、丑込め返り橋へ足を踏み入れたところで聞き慣れた声に振り返る。
「探偵さん」
「や、タヱちゃん」
 葵鳥さんて呼んでって言ってるじゃない、ともはや通過儀礼と化した一連のやり取りを終える。ありがたくも頂いた名刺を内ポケットに突っ込んだところで、帝都新報の女流記者は鳴海の持つトランクに漸く気付いたようだった。
「どこかにお出かけかしら」
「ちょっと仕事でね。半月ばかり留守にするから珈琲はカフェーでお願いしますよ」
「あら残念!だって鳴海さんの珈琲の方がそこらのお店より美味しいじゃない」
 鳴海が芝居がかった動作で肩を竦めてみせるとタヱもくすくすと笑った。しばらく他愛のない雑談を交わす中で記者は不意に腕時計を見て慌て出した。どうやら差し迫った約束を失念していたらしく、時間を守らないのが一番信用を無くす、と走り出した背中に鳴海はこけないでねーと気楽な声を投げる。
「こけません!あ、ライドウ君も探偵さんも戻ったら三人でお茶しましょうね!じゃ!」
 明るく肩越しに手を振り、半分こちらを向いたまま走るものだから勿論前への注意は疎かだ。すれ違う紳士とぶつかる寸前でどうにか避け、それでも足をもつれさせてこけた記者が立ち上がりまた走り出すまで見送ってから鳴海は再度駅を目指した。
 ライドウ君も探偵さんも戻ったら。
 タヱがそう言うのは当たり前だ。銀楼閣三階はひっそりと人気無いまま、この先半月を過ごすのだから。里帰りとしか説明していないからタヱを初めとした知り合い連中はライドウがしばらくしたら戻ると思っているんだろう。御家の事情でそのまま戻らない事になったと伝えるのはもう少し先の予定だ。
 超力兵団事件も終わり復興もあらかた終わり、ぼんやりとした時間を過ごせるようになって久しい頃、唐突に。

 十四代目葛葉ライドウは帝都から姿を消した。


 * * *


 そもそもなんで好きだと思ったのかちっともわからない。
 世間慣れしていない純真さも真っ直ぐな性質も希有な見た目もなにもかも、ひとつづつばらしてみれば過去にそれを上回る人間と出会っていると思う。ならその人間達にも惚れていたのかと言えば決してそうではない。
 ただ見ていたい。同じ空間にいればそわそわと落ち着かない。何よりももし嫌われたら、という怯えを自覚して思わず笑った。あの真っ直ぐな少年が捻くれて半分死んでいる己を嫌っても、それは当然のことなのだと鳴海自身が言い切ってしまえるのだから。
 ライドウを中心にしてこころに生まれる細波へ適当な名前を付けて誤摩化してみたけれど、結局それはなんてことのない恋情だった。髪の長い大和撫子が好きなはずなのに、と思ってもよくよく過去を思い返してみれば惚れた人には皆同じような感想を持っていたように思う。そのことが余計にこれは恋情だと鳴海へ突きつけてくるようで、零れるのは苦笑いばかりだった。理想と現実が別だなんてことは経験で知ってしまっているのだから。
 きっと恋なんてそんなものだ。
 そんな言い訳ができる程度には永く生きてしまっている。
 目の前で日々成長する姿が眩しかった。経験の足しになればいいと半ば強引な手段を交えてまで色んなものに触れさせた。ライドウなら全てを糧にできるだろうという確信もあったし、好いた相手に貢献しているという自己満足は少なからず鳴海を慰めた。
 超力兵団事件が起こったのは能面のようだった顔が限られた相手の前に限りではあるが口の端を上げて微笑むようになった頃だ。ライドウを失ったかもしれないという恐怖に突き動かされ地下造船所に特攻すれば、あっさり少年に追いつかれて。
 あんたは馬鹿だ
 帰れと言う鳴海への第一声がそれだった。いつも敬語と敬称を欠かさないライドウのもの言いへ驚いているうちに少年は足下を見たまま鳴海へ告げた。悪魔を討つ術がない人間が潜入しても意味がない。いつも自分に任せて動かないくせにこんな時だけ大人ぶるな。頭脳担当と自称して事務所で座っていれば良い。そもそも平行して受けている依頼の報告書が溜まっている。帰って早く仕上げろ。仕上げるために早く帰らなければ。だから。ーーだから、
 第一声より後は常の落ち着いた声と丁寧な物言いで表現されていたが、滔々と語られた内容はそんなものだ。帝都を揺るがす異変のまっただ中、他の依頼が依頼主からも放置されているのはライドウだって百も承知していたに違いないのに。


 回想を肴に飲んでいた鳴海はそこまで辿り着くと喉の奥を鳴らした。筑土町を離れ、小さな宿をふたつばかり経由して漸く任務地に辿り着いたのは半刻程前の話だ。適当に買って持ち込んだ酒を舐めているうちに、思い出すのは過ぎた感情ばかりだった。
 どちらかと言えば貧相な旅館だったが庭に池ぐらいはあるらしい。何かの夜鳴きに混じってぱしゃりと水面を跳ねる音が静か過ぎる夜に響く。
「……」
 ヤタガラスの命を受けて遠方に派遣されるのは久々だ。ライドウの監視者として過ごしていた時はもちろん帝都から離れることは許されなかった。安楽椅子探偵を気取った怠け者、という立場は非常に気に入っていたから特に支障もなかったけれど。
 夜の湿度。
 安い酒の匂い。
 橙色の光。
 指先にくっついた煙草の葉。
 鳴海さん、と呼ぶ声。
 脳裏に甦った囁きがぞくぞくと背筋を駆け抜け、瞼を閉じたまま身体をふるわせた鳴海は熱の篭った息を零した。こんな条件付けで身体が反応しているだなんて馬鹿馬鹿しいと思うけれど、体験を反芻して上がる熱は止められそうにもない。
「……、くそ」
 悪態を吐いて股間へ手を滑らせると、既にすこし熱くなっていた。情けなさに泣きそうなのを堪え、ズボンの前を開いて手を突っ込んだ。そのまま敷いていた布団の上へ横倒しになって手を動かす。どうせここまで来たら吐き出した方が早い、と無理矢理自身を納得させて記憶を引っ張り出した。


 銀座から朝帰りして二日酔いに苦しむ鳴海を介抱しながら、美味いのはわかりますけどほどほどにしてくださいね、とライドウが零したことがある。それを思い出した鳴海主催で二人だけの酒宴が開かれたのは超力兵団事件が解決して一月ばかり経った頃だった。
「飲めるなら早く言えよ。まあこっそりになっちゃうけどさあ」
「里では儀式等で嗜むだけで……。あまり強くは無いんですよ」
 前置いて杯を干すライドウはそれでも味は好きらしく、鳴海が買い与えた菓子を摘みにくつろいでいる。何でもない会話をぽつぽつと交わしながら飲む酒は美味かった。まだ未成年だから今の飲酒は褒められたものではないが、願わくばこの少年が成人した暁には友人達と同じ時を過ごして欲しいと思うし、そういった成長を鳴海は心から望んでいる。時たまライドウの口から聞く級友達は良くも悪くも普通の少年のようだった。少しの郷愁めいたものまで感じながらぽつぽつと語られる話に聞き入る時間は何処までも穏やか、だったのに。どんな話の流れだったかは思い出せないけれど、ライドウが語った内容に鳴海は一度ぱちりと瞬きした。
 とんでもなく綺麗な少年が麗しの君として巷の少女から熱い視線を一身に浴びている事は知っていたけれど、どうやら少年からも告白を受けたことがあるらしい。
「モテるねえライドウちゃん、さっすが」
「告白されても俺は誰ともお付き合いする気はありませんので迷惑です。況してや男と」
「ふうん」
 鳴海の応対に機嫌を損ねたのか、ライドウはぐいと杯を干して息を吐いた。そんな様まで絵になるのだから美形とは得だなァなどと思いながら鳴海は酒を注ぎ足してやる。
「況してや、ねぇ」
「当たり前です。俺に抱かれる趣味は無い」
 女性は里で経験を義務付けられました。昔飲んだくれを迎えに来たライドウに酔っぱらった勢いで絡めばそう言われた事を覚えている。なんとなく口に出した言葉に他意はなかったが、ライドウの答えは驚く程鋭い声で伝えられた。同性からの告白に何か不快な事まで言われたのだろうか。とんでもなく綺麗な顔立ちを持つ少年は同時に長身でもあるのだが、少女扱いでもされたのかもしれない。
「ふうん。ま、そういう世界というか……何だ、そういう嗜好の人間がいるってことはわかっとけよ。多いわけじゃないけど、事件でも何でも全ての可能性を視野に入れて考えないと痛い目にあうからなァ」
「えぇ」
「軍にゃ掃いて捨てるほど居たが」
 というよりもあれこそが「そういう世界」だ。使えるものは何でも使った密偵時代の方が余程酷い嗜好の人間を見て来たのをぼんやり回想する。ぽつんと呟いた言葉に、少年は僅かに瞠目した。わかりにくい差を気付く事が出来たのは何故だったんだろう。答えは鳴海の中にしかないはずだ。
「ライドウ?」
 先の事件の折、勢いではあるが軍属だった事をばらしてある。今更驚く事でもないだろうと様子を窺えば少年は何か考えている様子だった。表情はいつものように能面だったが、それでも酒の効果で僅かに染まっている美貌の目元を肴に、それ以上言葉を促す事もせず飲んでいると薄い唇が動いた。
「……鳴海さん、も」
 囁きにも満たない小さな声を無駄に優秀な耳はしっかり拾ってしまった。鳴海さんもそうなのですか、もしくは鳴海さんも同性に懸想されたのですか、と続くのか。深川で夜を過ごす事も少年も知っているのだから前者の可能性は低いが、どちらにしろ失言だと思ったのかライドウは学帽の鍔に手をやろうとして空振り、俯いて膝へ拳を置いた。最近鳴海の前では漸く学帽を外すようになったのを失念していたらしい。何かあるごとにそうやって癖を出してしまう姿は珍しくない。
「んー、俺も幼年学校出だし」
 多少露悪的になっている自覚はあった。ライドウが何処の誰だか知らないが(口ぶりなどから判断するに恐らくは同じ学生の)少年から告白された、それと同じ体験をしたのかと聞いているなら鳴海の回答は必要ない情報だろう。直接ではないとしても男に突っ込まれたことがあると曝け出しているのだから。男と関係するのにそれほど抵抗がないのは密偵時代に役に立ったが、鳴海自身としては己が男色だとは思っていない。目の前の少年に懸想している身では誰に言ったところで信じてもらえないだろうけれど。
「、」
 いくらかの戸惑いを含んで顔を上げたライドウの視線に鳴海はふるえた。うまく隠しているつもりなのだろうが、熱を潜めた視線がじっとりと身体中を這い回る。女を見るようなと表現してしまえば世の女性に失礼かもしれないが、目の前に置かれたものが美味いかどうか判断するための半ば本能的な目だ。
 今まで生きてきた中で何度も経験し、そして利用すらしてきた視線を受けてぞくぞくと覚えのある感覚が頭を支配する。冷静であるつもりでも其れなりにアルコォルは脳まで浸透していたらしい。そうだ、俺は酔っている。対面するライドウも酔っている。酒の上での過ちなど誰でもある。頭の中で誰かがそんなことを言った。
「……ライドウさ」
 視線を受けてもう一つ思った事がある。少年はどうやら同性ならば自分が受け身であるという認識しか無かったのだろう。そういう風に言い寄られてばかりなら仕方のない事かもしれない。
「男同士なら抱かれる奴もいれば、抱く奴もいるんだぜ?」
 鳴海は畳に手を付いてライドウとの僅かな距離を詰めた。体重を支える指の先で、落としていた煙草の葉を感じた事を何故か覚えている。
「お前男知らないんだろ。女は知ってても」
 熱が純粋に若者の性的な好奇心から生まれているならそれでいい。初めて抱く立場の自分を想像したことで生まれた興味でも。むしろその方が鳴海には有り難い。そう片隅で考えているのも確かに本音なのに、頭の奥できしりと小さな音がした。深夜の家鳴りと思う事にしてその美貌を覗き込む。
「ーーなァ、鳴海サンが教えてやろうか」
 我に返るための時間を深呼吸ひとつ分程与えてから、鳴海はライドウにそっと唇を押し当てた。
 

 手で扱く肉が育つ程ズボンは邪魔になり、足を捩って寝たままどうにか膝まで下ろす。ぐちぐちと音を立てるのを浅ましいとは思っても止める事はできなかった。
「ふ、ッう」
 宿の和室はもちろん銀楼閣の自室と何もかもが違う。それでも客商売用独特の匂いがする布団に混じった井草の香りが、あの夜を彷彿とさせた。ライドウの部屋は無理矢理設えた畳敷きで、そこで飲んで、ライドウに抱かれた。抱かせたと言った方が正しい。記憶を反芻しているせいか感じているのに物足りず、己の粘液を指に絡めてそろそろと後ろへ手を伸ばす。結局ズボンが邪魔で一度性器から手を離して両手で乱暴に脱ぎ捨てた。刺激のなくなった僅かな時間に何をしているんだかと自嘲の笑いが零れたが、もう一度手淫に耽ればもう快感しか追えなくなった。指とはいえ内側に潜り込んでくる感覚は情欲を簡単に煽り、鳴海を深く犯す。
 気持ちいい。あの時程じゃないけど、気持ちいい。思い出して自慰に浸るのはもう何度目かわからない。


「あッ、あ、んぁ、ライ、ド、ぉ……っ」
 商売女でももっと品のある声を出すだろうとどこかで思いながら嬌声を止められなかった。犬のように四つ足になったのは股の間で涎を零しながら突き上げに合わせて揺れる肉を見せたくなかったからだ。くちづけを避けたなら泥酔した悪ふざけに見せかけようと思っていたのに、結局ライドウは誘いに乗って鳴海を押し倒した。同じ性を持つ身体を弄って興奮していたようだから、勃った性器ぐらいではライドウが急に醒める原因にはならないだろうけれど。
「イ、イ……、ああッ」
「なる、み、さん」
 懸想はしていても少年とどうこうできるとは考えていなかった。少年を思っての一人遊びさえ鳴海の中では禁忌だった。夢想したことが無いわけではないけれど、抱くか抱かれるかよりもただ触れたいと思っていたのが正直なところで、今回の誘導では抱かれて当然だとは思った。
 汚れた己が触れてはいけないと思っていたのに。
 今、身体の中にライドウがいる。
 その事実だけで感度を上げた身体は少年の大きさが問題で繋がりにくかったり痛かったりしたことを全て忘れさせてくれた。内側を好き勝手に掻き回す肉の固さに口を閉じる事ができない。だらだらと溢れる唾液が畳に落ちるのを涙に滲む視界で眺めていた。すぐ傍に布団が仕舞われているのに、畳の上で続けられる情交は体重を受け止め擦れる肘や膝が痛い。
「ひぁ」
 背中にのしかかって来たライドウが抱きつくようにして指を胸へ這わせ、散々弄られて赤く凝った乳首を捻り上げた。過去に快感を味わう器官としてつくりかえられているそこへの刺激で身体は引き攣り、咥え込むライドウをきつく締め上げる。
「く」
 耳元で聞こえた艶かしい喘ぎにまで感じ入って身体を捩った。少年はその締め付けがお気に召したのかぐっと深くまで進むと、根元まで飲み込ませたまま奥をぐいぐいと押す動きだけにとどめて乳首ばかりを嬲る。
「や、ぁあ、あッ、ライドウ、そこ、や」
 イイも嫌だも、鳴海から反応を引き出した行為はどれもしつこく続けられて涙が溢れた。馬鹿みたいに感じた。
「た……のむ、から、ちゃんと動……ひっ」
 確信犯か天然か判断する事は出来なかったが、結果として焦らされ欲に浸り切った身体はもっと上の熱を求めて勝手に腰をゆらめかせる。懇願に応えるように律動が再開され、後はもう無遠慮に抜き差しを繰り返されるだけだった。その激しさと快楽に上半身を保つ事が出来ず崩れ落ち、額や頬を畳に擦り付けながらみっともなく喘ぎ続ける。
「ーーッ!」
 頭の奥がくらりと揺れて吐精した身体へそのまま何度か強く腰を打ち付けられ、奥深くに注がれたライドウの精液を飲み込んでいつまでもふるえていた。

「あ……」
 己の指でいいだけ内側を掻き回し、肉を扱き、辿り着いた絶頂の証は手のひらにびちゃりと叩き付けられて独特の匂いを部屋にまき散らした。荒い息を吐きながら塵紙へ手を伸ばしてぬめりを拭い取り、仰向けになって呼吸を整える。
 こんなことは何度目だ。ヤタガラスの通達を受けライドウが里に戻ってから一月も経っていないのに、何度繰り返した。思春期の餓鬼でもあるまいし。
 ぱしゃ、とまた外の池から跳ねる音がした。ずっと聞こえていたのかもしれないけれど最中は耳に入れる余裕が無かったらしい。口の端に溜まった唾液を拭い、鳴海は低く喉を鳴らした。
「……、は」


 ライドウに己を抱かせ、そして入った風呂で再び行為を繰り返した後のことはあまり覚えていないがそれぞれの部屋に戻って朝を迎えたように思う。泥の様に眠り昼前に起きた鳴海が見たのは、十四代目葛葉ライドウは帝都守護の任を解かれ里に帰還するという旨の通達だった。以前から鳴海には伝えられていたがライドウには教えていない。指定された列車が明朝の始発であることを確認し、身支度を整えて諸々の手続きをするため師範学校へ向かった。保護者としての役割は果たさなければならない。
 学業を終えて級友と何か話しながら出てくるライドウを見つけた時には意図せず目を眇めた。周囲が十喋るのにライドウが一返すという程度の会話ではあったが、鳴海が見るそれはとんでもなく平和で少年から奪ってはいけない光景だと心から思った。ただ思ったところで鳴海に守る術はなく、守ろうとしても少年が自ら切り捨てるのだと十四代目葛葉ライドウを誰よりも近くで見て来た男は知っている。
 校門の傍で佇んでいる上司を見つけて走り寄る少年へ笑いかけ、近くまで来たから寄っただけだと伝えて小遣いを握らせると意図が読めないのかじっと紙幣を見つめていた。急ぎの依頼もないし友達と遊んでこい。それはどこまでも本音であり鳴海の願いだったのに、ライドウはしばらく考えてから鳴海を見て笑った。
「なら、この金で田原屋へ行ってハヤシライスを食べましょう。後は富士子パーラーで何か甘いものを」
 最近鳴海さんと出かけていなかったように思いますから。
 ライドウの提案は級友と話す姿を見ていなければ実行しようとしていたことそのままだった。ふいに泣きたくなったのを隠すため学帽の上から乱暴に頭を撫で回す。少し離れたところで様子を窺いながら通り過ぎていく級友達の、あの葛葉が、と驚く声には酷く簡単に笑いを呼び起こされた。
「よおっし、可愛い事言ってくれるライドウちゃんのために鳴海サンの奢りで筑土町美味いもの巡りといきますか」
 昨晩の事など何もなかったかのように時を過ごし、腹をくちくして戻った探偵社でライドウに指示書を見せた。無表情に紙を見つめ、鳴海の顔を見てから紙に視線を戻して少年は口の中で何かを呟いた。途端空気へ溶ける様に紙が消えていく。鳴海はいつも燃してしまうが力があるものは何かしらの呪いでどうにかなるらしい。まだ被ったままの学帽の鍔を引く姿を鳴海は久しぶりだと思いながら眺めていた。
「……荷造りをしてきます」
 部屋に篭ったライドウとはその後、朝まで顔をあわせなかった。夜中に鳴海の自室前で立ち尽くす気配を感じたが結局扉が叩かれる事は無く、鳴海が早起きで眠たい目を擦りながら淹れた珈琲をいつもの通りの時間をかけて飲み干したライドウはお世話になりましたと言って荷物を手にした。
 まあ達者でな、お前の事だから心配ないとは思うけど小さい怪我だからって治療を後回しにするなよ、たまには息抜きしなきゃどっかで倒れちまうからな、俺が言うのもなんだがカラスにゃ気をつけろよ、ああ今日からまた家事全部自分でやんなきゃなァ。
 とりとめのない鳴海の言葉をまるで親のようですねと受け流し、依頼は選り好みせず不摂生もしないでくださいねと鳴海よりも保護者らしくしっかり釘まで刺した少年が揺れたのはほんの一瞬だった。
 じゃあな。
 安楽椅子に腰掛け出て行く真っ黒な外套の背にそう声をかけた時にだけライドウは一瞬肩を揺らし、ありがとうございましたと呟いて扉を閉めた。行ってらっしゃい、行ってこい、そんな類いのことを言わずに見送ったのはそう言えば初めてだ。
 その言葉ともうひとつ、おかえり、を与えると少年がよろこんでいるのは鳴海も知っていた。少年が去った事よりもあのちいさなよろこびをもう与えられないのだなという事の方が何故だか辛く思ったのを覚えている。

 数えきれない程耳にして来た探偵社の扉が閉まる音が頭の中に甦り、もう眠ってしまおうと鳴海は隅へ蹴飛ばしていた掛布を手繰り寄せた。
 外ではまたぱしゃりと水音が聞こえる。静かな夜だ。とても静かな。


 * * *


 与えられた任務を遂行した鳴海はふと思い立って山奥の小屋で一泊する事を決めた。少し無理をすれば人里まで出ることも出来たが、早急に帝都へ戻る必要はどこにもない。一般人が見れば廃屋にしか見えない小屋はヤタガラスの所蔵する施設のひとつで、手先である鳴海には好きに利用する事が許されている。
 囲炉裏に火を熾して保存食を煮ただけの食事を摂り、湯を浴びて寝転んでいるとふいに気配を感じた。瞼を下ろしたまま丸めて枕にした毛布の下へ手を滑らせルガーを握る。ここへ入ってくるならカラスの関係者には違いないが用心に越したことはない。
「失礼。俺にも此処を使わせて頂きたい」
 火の爆ぜる音しかない空間を切り裂くような冷たい声に思わず鳴海は耳を疑った。その響きは忘れる事などできないものだったからだ。音もなく滑り込んでくる黒い姿を薄目で認めてからゆっくり瞼を持ち上げる。微睡みから引き起こされる様に。
「……別に、此処は俺のものではなくヤタガラスのものですから断る必要はないでしょう」
 声がふるえなかったのを我ながら褒めてやりたい、と思いながら身体を起こす。何度見ても黒い姿はあのライドウでしかなかった。すこしばかり背が伸びたような気はする。
「ありがとう。俺は葛葉ライドウです」
「へえ、当代ライドウのお噂だけはかねがね。……手伝いますよ」
 貴方は、と続けたかったと思われる言葉を遮り怪我の治療を買って出た。ライドウの知る鳴海とこの己が結びついていないことに内心で胸を撫で下ろす。髪の色を変え薬品で癖毛をまっすぐにし、印象が変わる様に顔のあちこちに細工しているのだから当然だ。それでも半ば獣じみた勘を持つのを知っていたからおそろしかったが何よりも癖や空気を変えていたから気付かれていないのだろう。「そのひとである」という特徴を優先して潰してやれば驚く程容易く人を欺くことは可能だ。
 肩から背の中央にかけて幾筋も走る裂傷からは血が流れている。デビルサマナーなら仲魔に治療させることができるだろうと聞けば任務も終わったしこの程度ではマグネタイトの無駄なので、と答えが返って来た。遠い昔に似たような問答をしたことを思い出して少年は変わっていないのだなと思う。血を拭っていると鳴海は僅かな違和感を感じた。怪我までしているのだから当たり前なのかもしれないけれど、少年は何やら疲れている様に感じられた。見た目がどうだという話ではなく勘としか表現出来ないそれは、少し前まで衣食住を共にしていたからわかることなのかもしれない。
 包帯を巻き終えた後は鳴海の残した食事を温めて食べさせ、鳴海はまた横になった。ライドウは狭い小屋の壁に胡座をかいたまま凭れている。無言のまま朝を迎えることになるかと思えば時折少年から話を向けられることもあり、思ったよりも和やかな世間話が弾んだ。人見知りではないが無口な少年ばかりを見ていた鳴海としては少なからず驚いたが、こういった人付き合いを帝都に居た間に学んでくれたという証のようでうれしくもなった。そして知らない姿にかなしくもなった。
 貴方の名を知らないので呼びにくい。
 ライドウが素直にそう言った時には思わず苦笑してしまい、潜められた眉に謝ってからもう一度笑えば察したのかライドウはそれ以上追求せずに話を続ける。囲炉裏へ薪を足す作業中は会話も途絶えたが、再び元の位置へ戻ってから暫くの時を挟むと少年は鳴海が勧めても手に取らなかった酒を睨みつけ、ぐいと呷った。飲み込む喉の動きが艶かしいと思っていると低い声が聞こえる。告げられた内容に思わず鳴海は噎せた。
「……貴方は男と同衾出来る方か」
「ッ」
 げほげほと咳き込めば慌てた様子でライドウが近寄り背を撫ぜてくれた。すみませんと繰り返す美貌を涙の滲む目で睨みつければ頭を下げられる。
「いや、別に謝らなくていいですけど、誘うにしてももう少し言葉を選ばないと誰ものってこないと」
「違います!」
 まあ当代の器量なら問題ないかも知れませんが、と続けた言葉はちいさな叫びに遮られてしまった。様子を窺えばライドウは学帽の鍔を引いて俯く。そうだ、小屋という室内でもライドウは学帽を手放していない。今更それに気付いた鳴海はライドウの言葉を待った。
「すみません、俺はおかしいのかもしれない。貴方が話し易いからってこんなこと」
「いや、旅の恥は吐き捨てって言いますし。悩み事かなんかですか?俺でいいなら聞きますよ」
 少年は強引に鼻と口しか見えないところまで帽子を引き下ろすと、手酌で酒を満たしてもう一度一気に干した。自己申告通りそれほど強くないのは知っている身としては身体に悪い飲み方をするなと叱りたくなったが、景気付けを止めることも出来ない。は、と舌の紅を見せながら息を吐いたライドウは目元が隠れるぎりぎりまで鍔を押し上げて言葉を零した。

 慕う人がいた。
 ただ慕っていた。
 酒の勢いもあって関係した。
 あのひとは男なのに。
 他の男に想いを寄せられてもそれまで嫌悪しかなかった。
 好きなのは間違いない。
 慕っていただけだった。
 あの人を抱けた自分に愕然とした。
 おれはあのひとを、

「……そういう意味で、好きなのだろうかと」
 あぁ、と鳴海は心の中で呟いた。ぽつぽつと語ったライドウは俯いたまま動かず、鳴海の反応を待っている様にも思えない。
「そんなに良かったんですか」
「は」
「そのひとのカラダ」
 少年に問うてみれば何を言っているのかわからないとばかりに音一つで返されたので、有り体に表現すればライドウは固まってしまった。何も言えなくて固まっているのではなく、説明するための言葉を心の中から拾い上げて精査する、という作業に集中し過ぎて身体を動かしていないようだ。ライドウが部下だった頃にはよく見た姿だ。安楽椅子に座って所長机の向こうに立つ少年を、誰よりも目にしていたのは鳴海なのだから。
 やがてライドウは上手く表現出来ないんだけど、と前置いて口を開いた。煮え切らない態度は少年には珍しく、それぐらい切羽詰まっているのかと思わせる。
「質問に答えるならそのとおり、です」
「じゃあそれに嵌っただけじゃないんですか」
「そう、なんだろうか。あの時まであの人に欲情するだなんてちっとも考えられなかったのに。今じゃこれまでにあの人へ触れた奴を思って狂いそうになる日もあります。あの人はそういった手管にも長けていたので……望んでそうなったわけじゃないみたいだから、最初は、あの人にそう強要した相手へ腹が立つんだと思ってたんですが。ああ、今でも半分はそんな感情です。いろいろわからないけれど、間違いなく、俺はあの人が大切だから」
「……」
 語られる内容に何も言えずにいると、ライドウが細く息を吐いた。ぱちぱちと囲炉裏の火が啼きながら壁に散る二人の影を揺らす。
「…………、元々、俺の情は強いそうで。仲魔にもよく言われます。あの人が俺の知らないところで誰かと過ごすのが面白くなかった。俺を大事にしてくれるあの人をとらないでくれとこどもみたいに思って、俺自身に呆れてました。……そういう、独占欲みたいなものがあの人を抱いて捻くれて。先程の悋気になっているのかもしれないですね」
 ぞ、と鳴海の背に言いようのない感覚が走った。鳴海を好きかもしれない、という言葉に覚えたごまかしきれないほどの喜びまで覆いつくしてしまうそれは、酷く鳴海を焦らせる。
 違う、ライドウ。
 お前は俺なんか好きじゃない。
 好きではいけない。
 押しつけだと言う事は百も承知だが、ライドウには級友達と過ごす時間と同じく平凡でまっとうな恋愛をして欲しいと思っている。未だに懸想する相手へ向ける感情ではないかもしれないが、例えば鳴海の好む髪の長い美少女などと恋をして結ばれて、こどもなんて出来て。勝手に夢想する未来を叶えて欲しいと思うのに。
 男なんてと言いながら雰囲気を作ってやればあっさり落ち、知らない感触に嵌る輩は確実に存在する。ただ男だけに傾倒するわけではなく、女との代替行為やマイノリティへの興味ばかりで過ぎてしまえば「気の迷いだった」と笑うなり隠すなりするのが殆どだろう。ライドウぐらいの歳なら興味や勢いで寝るのはそこまで珍しくもない。それが男相手であっても。だから。
「俺は当代が刷り込まれてるだけみたいに思えますけど」
 そう言ってみればライドウは学帽の鍔を押し上げて行きずりの男を視界に認め、目を細めてちいさく笑った。囲炉裏の炎を受けてその整った顔に橙色が被さっているからわからないだけで、おそらく目元は赤く染まっているんだろう。幼い笑みに鳴海が見蕩れ毒気を抜かれていると、少年は三度杯を干して目を閉じた。
「馬鹿らしいと思われるだろうけど、あの人とは今同じ場所に居ないんです。この先会えるかもわからないし。……相談しようと思った時には半分以上答えが出ているって本当だ」
 ライドウは足を一度投げ出し、壁に凭れ直して。
「おれはあのひとがすきなんだ」
 何でもない事の様にそう呟いた。
「……会えないのに?」
「こればっかりは俺の気持ちひとつ、だから。会えなくても関係ないと思う。いいんですよ、初恋は叶わないものなんでしょ。あの人が言ってた」
 初恋云々の話は鳴海も覚えている。女学生達からの求愛を切り捨てるライドウへそう言ったのは、泣いて立ち去る相手を気にしなくていいという意味だったのだが。
「……、認めたら楽ですね。そうか。俺は多分、これを弔いたかったんだな……」
 壁に沿ってずるずると少年の身体が滑り落ちて行く。やがて完全に横になったライドウの瞳はすこし曖昧なまま行きずりの男を眺めていた。肘で移動した鳴海が近付いて学帽を奪い頭を撫ぜても拒まれる事はない。
「弔い?」
「どこかの誰かにふられては恋の弔いだと俺を引っ張って色んなところへ。懲りない人で何度付き合わされたか……」
 くく、と笑う少年は鳴海の知らないライドウだった。酔っているのは間違いないのだろう。万が一でも鳴海だとばれないようにと保険代わりに摂らせたアルコォルだったが、疲れた身には思惑以上に浸透したようだ。それともライドウ自身が、身体ではなくこころまで弱っていたのか。
「俺はおかしい。何であんたといるとこんな……あんたはあの人に似てる」
「へえ。じゃあ初恋の弔いを手伝ってあげましょうか?」
 一番最初の質問に答えてませんでしたね、俺は男も大丈夫なクチですので御心配なく。まぁもっといいのは弔いなんざより次の恋をすることなんですけどね。笑う男の言う事が酒精に浸された頭では理解出来なかったのか、少年はぼんやりと男を見上げ、なるみさん、と呟いてその腕を伸ばした。

 その声に響きに鳴海が泣きたくなっても仕方が無いはずだ。

 今は鳴海じゃないからここで何をしても「鳴海」が幻滅される事はない。ただそれだけが頭を埋めて単純な身体はすぐ熱くなった。
 明確に拒まなかったから、を言い訳に思い付く限りを施す。ひたすら快感を与えてやればライドウはあっさりと吐精し艶かしい息を吐いた。くちづけは互いになく、そもそも思い返してみれば鳴海を抱かせた時も最初に押し当てた時を除けば唇の接触はない。口に手に顔に精を浴び、触れる少年の手に感じて乱れた。
 絡み合ううちにライドウが嬲ってくる場所は「鳴海が善がった」ところだということに気付いてまた涙が生まれる。降って湧いた僥倖へ縋らずにいれる程無欲でもなく、どんな状況であれ惚れた相手との情交に深く達した。


 * * *


 窓に切り取られたのどかな風景がひっきりなしに後ろへ流れていく。ぼんやりとそれを眺めながら少年はもうどこか次の任務地に行ったのかな、などと考えていた。帝都へ向かう列車はごとごと車体を揺らして機嫌良さげに進む。
 眠る少年を置いて朝方出て来たが、鳴海の痕跡は全て消した。任務の疲れか精神的なものか、多少弱っている様に見えたライドウが小屋での出来事は何かに化かされたとでも思ってくれていればいい。気まぐれに寄った小屋で再会するとは微塵も思っていなかったが、偶然とはおそろしいものだ。
「すみません」
 謝罪の声は今も耳に残っている。ライドウが謝る必要は全くないのに、少年はそれだけ言って眠ってしまった。酒精に浸された世界で、行きずりの男を鳴海だと思い違えたまま抱いたのかと疑わなくもなかったがどうやら違ったらしい。
 ライドウが言う様に、恋の弔いと称して少年を連れ回したことは覚えていた。弔いという言葉を使ったのは、生まれた感情を伝える事はできなくても自分ぐらいは認めてやらないとかわいそうだと思ったからだ。弔うのがライドウに対する恋情だったのだと少年が知る日は来なくて良い。
「初恋の弔いねぇ」
 ギィィ、と列車が悲鳴を上げ始めた。駅が近くなったらしい。帝都へ向かう上りだから今はぽつぽつと空席が目立つ車内もすぐ人で埋まり、騒がしくなるんだろう。
 徐々に減速し、駅に入っていく列車の窓から見る風景に烏を見つけた。鳴きもせず飛び去る姿を見送るうち少年の目付けはどこに居るのかな、などと考える。超力兵団事件後は当代ライドウからある程度距離を置いていたようで、たまに屋上で顔をあわせるぐらいだった。ぼんやり考え込むうちに列車は止まる。
 弔いは済ませたのだから、少年があの真っ直ぐな目で前を向いてくれることを願うだけだ。鳴海に出来る事はそれぐらいしかない。
「俺も、か」
 それでもまだまだ引き摺りそうだが、まあ、永く生きてしまった人間の習性だ。いつか痛みが消えるまでこちらはゆっくり弔わせて欲しい。
 低く鳴らした喉の音はざわめきにとけて消えた。








「ライドウ? 置いてくぞ」
「すみません」
 部屋の扉が開け放しだったので覗くと少年は立ち上がって僅かな距離を駆けて来た。数分前の再会からずっと、ライドウは駆けて傍に寄ってくる気がする。
「焦らんでもゆっくり荷解きすればいいさ。でもそれは帰ってからな。早く飯行かないと俺が倒れそう…」
 腹を抱えて俯く鳴海へわかりにくく笑ってライドウは外套を身に着ける。揃って銀楼閣を出ると待ちかねていたのか黒猫がナァと鳴いた。すまない、とライドウが呟いたからやはり待ちくたびれて文句を言ったらしい。
「よーし、久々だからライドウの好きなとこ行くか! どこでも奢るし任せるぜ。元気でやってたか? 変わりないか? ちょっと背が伸びた気がするけど」
 ナァン、機嫌良く話す鳴海へ黒猫が何か鳴く。あまりはしゃぐな、ということだろうか。鳴海にもその自覚はあったし葛葉に関することを鳴海に話すはずもないと知っているが、色々複雑な想いを取っ払って真中だけを見れば、そこにあるのはただ再び少年と過ごせることになってうれしいという気持ちだけだ。
「そうですね。背が伸びたのと、主立った術式を変えた他には特に……ああ」
 言ってライドウは今気付いたと言う様にごくごく僅かに瞠目した。
「そうだ。俺の初恋も叶わなかったようです。弔いに昼食は奢って下さいね」
「はァ!? 何それライドウちゃんここいない間に何があった! いやまあ奢るのはいいけどそのつもりだったし、えーと、その。帰りに大学芋買ってやろうか」
 とんでもない告白に仰天したのも事実だが、少年の中で先の事が過去になったのだと知って鳴海はすこしだけ寂しくなった。きっとこれは辛いとは違うものだ。内心で眉を下げる鳴海の横で、何の因果か再び帝都守護をその背に負うことになった少年はめずらしく声を出して笑って。
「ご心配頂きありがとうございます。大丈夫ですよ、弔いよりももっといいものを、俺はちゃんと貰っているんですから」
 見たことの無い瞳で変わらず真っ直ぐに鳴海を見据えた。
 なぁ、なんでそんな視線の先が俺なんだ? 告げられる言葉が答えなのか。
 真相は少年しかわからないことだけど。


「あらためて」


「よろしくお願い致します、鳴海さん」
「……、こちらこそ」



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20101102up/初出20091025コピ本

ライ←鳴に滾って書いたお話でした。こっから先が大変そう。
鳴海片想いが大好物なんですが、所詮己の書くライドウは鳴海ラヴです。