なるみくん、とほんのすこしだけ焦った声が唇から零れた。手のひらに触れる睫毛が動いてこそばゆい。ああ、貴方にこんな風に触れられるとは思っていなかった。こんな時でさえうれしいと思ってしまえる自分は馬鹿でどうしようもない。
 ひとつだけいいだろうか、自己満足でも。誰に伝わるものでなくても伝える気がなくても、自分が持つ感情なんだ。ひっそり弔うことぐらいは許して欲しい、と信じてもいない神とやらに許しを請う。
 誰もかわいそうだなんて思ってくれないのだから。
 あたし自身がそう思うぐらい構わないだろう。なあ。

 ── すき です

 声に出さず、それでも口を動かして呟けば、馬鹿馬鹿しいことに己が哀れ過ぎて泣きたくなった。ごめんなさい、ほんとうにごめんなさい。目の前の好きな人よりもむしろあの人に思う。そうっと手のひらを外した先ではおそらく色々を察しているらしい瞳がこちらを見据えていた。今は眼鏡越しではない、その真っ直ぐさにふるえるのは多分こころだ。
 すっと腕に手をそえられてそれだけの刺激に身体が震えた。壊されたいだなんて思うのは鬱屈した感情のせいか、すでに正常な思考を放棄した頭では判別なんてつかない。だから笑って言ってしまえばいいんだ。笑うのは得意なんだから。

「抱いてください」

 声にしていないと思った言葉は口から零れ出ていたのか、あっけない程願いは容易く叶えられた。ほんとうに言葉通りの意味で。自分はその時も泣いていたのだと思う。よく覚えていないし、一粒ぐらいの、気がつかれない程度だったと思うけれど。
 ただ控えめに両の脇腹を回った腕の位置を体温を力を感触を、全て。この身体に刻み込んだのはしっかりと記憶している。
 ――どうぞ御心のままにお使い下さい
 この人と初めて交わした言葉は心情だけ変わってずっとずっとこの時まで、自分の願いだったに違いない。勝手な押しつけだと十二分に理解して、あたしはただ貴方のために何でもしたかった。何も出来なくても。
 好きだから抱かれたかったし処理で良かった。ぐちゃぐちゃにされたかった。触れたかったからだ。叶わないとも知りすぎている願いを持つ自分に吐き気がした。この人には大好きなあのひとがいるのに。だってきたない。あたしは。身体は。この感情は。
 あたしは。

 あたし?
 
 この「あたし」は 誰 だ?




「ーー君」




 ああ、それはすごくすごく大切な。