「あははははは」 「ッ、うるさい!」 赤くなった雷堂に軽く押されて、鳴海の身体はぽすんとベッドに埋まった。もともとベッドに腰掛けていたのだから上半身が横になっただけだ。雷堂の力はそんなに強いものではなく、からかって笑う鳴海へのちいさな反抗でそうしたのだろう、簡単に転がった鳴海へ瞠目してからすまん、と言った。 見上げる雷堂の瞳にちらりとだけ覗く欲を見つけて鳴海はここ最近を思い返す。前に身体を重ねたのは何時だっただろうか。そんなに昔でもないけれど昨日でない事は確実だ。 ああ、したいんだなァ。 夜、自室に二人という状況なら少年が期待しても当然だ、と鳴海も思う。身体の内側で燃える欲を表に出さないようにしている少年がかわいらしくて思わず喉が鳴った。我慢を覚えさせるつもりはないが、どうにも雷堂は必要以上に己を律しているらしく中々手を出してこない。若いのにご立派ね、と心の中でだけ呟いて鳴海は寝転がった自分の横を叩いた。ぽふぽふと軽い音がする布団は、午前中に雷堂が干してくれたおかげで太陽の匂いと空気を含んでいてとても気持ちいい。 「座れよ」 「……失礼する」 開けっ放しの窓の縁でカーテンがひらひら揺れた。ちか、と夜空に星が瞬く。この分なら明日もいい天気だろう。最近は晴天続きで書生の調査がやりやすそうだ。 雷堂の側を向き、自分の腕を枕にして目を閉じれば額にかかる髪を後ろへ梳かれた。おそるおそるといった態には思わずこちらが恥ずかしくなってくる。身体まで許していて立派な恋人だというのにこればかりは性分なのだろうか。 「ん」 猫が喉を鳴らすのはこういう時に違いない。心地よさに酔いながら、鳴海はさっきなんて言ってからかったんだっけ、とほんの少し前の事を思った。もう思い出せない。それぐらい他愛無い話だったんだろう。 珈琲をいれたので良ければ、と雷堂が鳴海の部屋を訪れるのは実はそう珍しい事ではない。どうやら鳴海よりも美味く作る事が出来ないのが気に入らないらしい相変わらず変な矜持を持った少年は暇があれば実践に励んでいる。どうしてだろうかと最近漸く鳴海に尋ねて来たが(なにせ負けず嫌いなので仕事に関することでなければ中々聞いてこない)「愛情の差かねェ」という鳴海の返答は少年の矜持を酷く刺激してしまったようだ。 実際のところ雷堂の珈琲が不味いわけではない。ちょっとしたコツというよりは、やって初めて解る調整を鳴海が多く体得しているだけだ。そんな差も埋めてしまいたいと試行錯誤している様は微笑ましくもある。 「んーでも、雷堂ちゃんも随分いろいろできるようになったねェ」 瞼を持ち上げて雷堂を見る。きっちり背筋を伸ばして座る姿がうつくしい。 「そうか?」 「そうだよ。焜炉に火も付けらんなかった子がさ」 くすくす笑えば雷堂が照れたように視線をそらした。それでも与えられる指先は変わらず、傷の在る手が鳴海に触れ続ける。 「む、それは、知らなかったからな。そう言われると何も言い返せんが」 くしゃ、と一度鳴海の髪を乱した手が離れていった。 「鳴海さんが教えてくれてできるようになった」 「……んなたいしたことじゃないだろう」 「いや」 雷堂が口の端を持ち上げる。微笑にも満たない表情に見蕩れて鳴海も目を細めた。からかえばそれなりに怒りの表情を浮かべたりもしたけれど、焜炉の火を付けられなかった頃、雷堂はいつも無表情だった。無表情と無感情は等しいものではないから、雷堂にもそれなりに胸中思うところがあっただろうけれどなかなか解りづらかった。慣れると大体の感情を察する事が出来るとはいえ、笑うようになったのはいつ頃からか。まっすぐにおだやかに、雷堂は笑う。 「我は鳴海さんに教えられてばかりだ」 「雷堂」 正面から顔を見たくて名前を呼べば、鳴海の願いは容易く叶えられた。その顔が急に赤くなっておや、と思う。瞬きの間に思考を巡らせるとすぐに理由は解った。少し身体を動かしたので寝間着代わりにしている浴衣の裾が乱れたのだ。あまり肉付きの良くない足が見えてもそんなに反応する事ないんじゃないか、というのが鳴海の正直な感想だが、まあ想う相手に求められるのはしあわせに違いない。 ぽふぽふともう一度布団を叩いて促せば、やはり雷堂はぎこちなく半身を横たえた。肘で移動して近づき、肩口に額を当てる。頬や身体にあたる布団は太陽の恩恵を十分に授かっている。 「珈琲ありがとな。後、布団も。ふかふかで気持ちいい」 「……どうも」 「だから。一緒に寝る?」 くく、と喉を鳴らす身体が仰向けにされて、首筋に雷堂の顔が埋まった。ああだとかううだとか言葉ではない呻きが耳に入ってくすぐったい。抱き締めるというわけでもなくただ鳴海の胸元を横切る腕に手を沿えれば、鍛えられた筋肉を纏った腕が熱かった。 好きだなあなんて思うのはこんな時だ。他にもたくさんあるけれど。 「らーいどう」 呼んで重なった唇をひとつ舐め、染まった頬を指で捉える。 見上げた瞳はもう欲を隠そうともしていない。これだけ煽ったのだから当然だしそうでないと鳴海としても困ってしまう。 「お返事は」 「……、その、」 少年のこんな顔を見た事ある奴はいるのかな、と考えてすこしばかり優越に浸った。過去にはいるのかもしれないけれど、この少年にとりあえず今見えているのは鳴海でしかないはずだ。 「寝るだけでは足りない」 真っすぐ過ぎる言葉に口の端を上げ、鳴海は与えられる人の温みを手繰り寄せた。 --------------------------------------------------------- 20090606〜0709拍手御礼
このひとたちが一番素直にいちゃいちゃしてる気が。
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