心から笑うことがない人だ、とずっと思っていた。
 いや、きっと笑っていても表面に出すことが出来ない人だと。
 忍びとはしばしばそういった症状を引き起こす職業でもあるのだから。
 自らが選んだ道に後悔はしないけれど。
 けれど、と語尾に付けてしまうあたりが俺の弱さなのだろう。

「あ、もうそろそろイイ感じですね」
「ホントですね〜。二分咲きぐらいかな、週末が見頃ですかね」
 いつもの帰り道、暖かくなってきたことを理由に少し遠回りして桜並木の土手を通る。緋寒桜はもう濃い暖色を空に投げかけ、並木の殆どを占める染井吉野がちらちらとその薄紅色した花弁を綻ばせていた。
 穏やかな友人関係を一年に近い間続けて、体を繋いだのはほんの少し前。必要な存在になってまだあまり時間が経っていないのは恥ずかしいような悔しいような。
 ただ、一年という期間を共に過ごしたのは事実だ。
 それなのにこのひとが心からの笑顔を見せてくれたことはないと思う。
 見零していることはないと思いたい。
 俺は結構ずっと長い間、この人を見つめていたのだから。
 自らの感情に気付いたのは後からだったけれど。


 俺以外の前では、心からの笑顔をさらしているというのなら

 耐えられない事実だ。
 それでも周りの人間は彼が変わったというし、俺も変わったという。
 にこにこと外面のいい彼が変わったのは、俺の影響なのだろうか。
 それを信じて良いのだろうか。
 不安になっていること自体、彼を信じていないということ。
 わかっているけれど。けれど。
 また、逆接の言葉。

「花見に来ましょうか。夜桜でも良いし、二人で」

 うだうだと思いを巡らせる俺の前で、暗い思考に陥る前に考えていたことを告げられる。見透かされていたのだろうか、それでも嬉しい。
 はい、と思い切りよく返事をするためにいつの間にか俯いていた顔を上げれば。


 小さな小さな、薄く染まった頬、ゆるく持ち上がった口の端が俺を迎えた。
 初めて見るそれはひらりと舞った花弁に紛れてすぐ消えてしまったけれど。
 けれど。




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200403


イベントペーパー小話。
桜は定番ネタですな。