鼓膜にざらざらと触れる低い音。 「あー」 とろとろ夢と現の狭間を漂っていれば不意に覚醒を促され、続いて感じたのは水の気配。 まだ目を開くことは出来ないけれど、瞼の向こうに光を感じたのも確かな話。 雨が来る。 ごろりと寝返りを幾度もうつ。家主は未だ帰ってこない。 暇だなぁ、と呟いていると水の気配は匂いへと変わり、やがて水滴が瓦を穿ち始めた。聴覚を埋め尽くすほどの轟音にもう眠れないことはわかっているが、それでも頑なに瞼の裏を見つめてカカシは呼吸を繰り返した。 薄く空気に伸びた水が身体を包む。音よりも肌にまとわりつく水気と日暮れの熱が夏を感じさせた。 あぁ。団扇が欲しいなぁ。あのひとが子ども達と行った夏祭りで貰ってきた、紺一色に赤い金魚が書いてある安っぽい紙の団扇。持つところはプラスチックで、こないだ一番端のところを折ってしまったけれど。 卓袱台の上に放置してあるのは知っている。この縁側からなら歩いて四歩もかか らない距離、なのだけれど。 ふ、と風が流れた。唐突に消えた音に世界が変わった錯覚を覚える程だ。すぐに篭もった熱気が肌を撫でて空へと上がっていく。 あっという間に終わってしまった。 目を開こうかといくらか迷った時に、やかましい声が降ってきた。 「あー、俺が帰ってから止むとかやってらんねぇ…見てくださいよ、びっしょびしょで。雨宿りするトコもなかったし、ったく」 ぶつぶつとイルカの言い訳は続く。庭から濃く漂っていたはずの水の香が今はイルカから漂っている。ふわり、じんわりと幾種もの感覚をともなって。 ゆるんでいた瞼を一度きつく瞑り、水の滴る恋人を一度思い描いてから、カカシは声を出した。 「おかえりなさーい。あ、団扇取ってください団扇」 直後に額への衝撃。軽いプラスチックの感触。 目を開き、昼寝の後一番最初に「見た」ものはそれぐらい自分で取りなさいよ、といくらか不機嫌そうな、それでもただいまと返したイルカの姿だった。 過ぎた夕立を追ってかヒグラシの声が響く夜の手前。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
|