カンカンカンカン、と階段を駆け上がってくる音は独特のテンポをいつも保っていて、聞いただけで誰かわかるだけ、それが繰り返されているのもどうかと思う。 階段さえあがってしまえばこの小さなアパートのことだ、玄関のドアまでは数秒もかからない。その僅かな時間に一度顎あたりの髭を撫で、部屋の中を少しだけ点検し、アスマは煙草を咥えたまま腕を組んで壁にもたれた。そのままドアをじっと見る。 お互いに忍びだ。気配でその存在を感知できる程度には。 深く息を吸うのと乱暴にドアが開くのは同時だった。 少しだけ荒い息、乱れた髪、きつそうな眼差し。くのいちの女。 「抱け髭ッ!」 「おう」 断る理由もなにもない。 開口一番投げつけられた命令ともとれる言葉にひとことだけ返して、アスマはもう一度深く紫煙を吸い込んだ。 今から少しの間だけ、この娯楽とはおさらばだ。 そんな繰り返しは数えるのも億劫に違いない。 「おい」 シャワーを浴びて数時間ぶりの煙草に火をつけながら寝室に戻ればまだ紅がベッドに沈んでいた。班の子供たちが何かの折に贈ってきたテディベア柄の大きな枕に顔を埋めているから表情は見えない。 「おい、帰るのか泊まんのかどっちだ」 「んー」 「…飯食うか?」 「もらう」 見慣れたシーツの隙間に見慣れない肌色。 普段ならすぐ帰る、という女がベッドに懐いているのを見ながらアスマは新しい煙草に火をつけた。 なんだ、今回は根が深いな。 「期待するなよ」 「私よりマシだよ」 タオルを首にひっかけたまま有り合わせのものをフライパンに入れて引っ掻き回す。適当に調味料をふったりかけたりしていれば料理なんて出来るものだ。いつか上忍控え室でそんなことを言った時には、その適当っていうのが一番難しい、と紅が笑っていたように思う。 今から米を炊くのも面倒くさいし相手が相手なのでいいか、と缶ビールをテーブルに二本。難しいらしい「適当な」料理の皿をいくつか。 「できたぞ」 「……うん」 「これでも着とけ」 適当な部屋着を放り投げ、先にビールを飲んでいると紅が何も言わずにすとんと向かいに座った。きれいな指先がそっと合わさっていただきます、と呟きが聞こえる。 「アスマ」 「ん?」 「おいしい。ありがと」 「ん」 食べ終われば紅は自宅に戻るだろう。 そしてまた上忍の日々だ。それはアスマも同じであるし任務で顔を合わせることも有ればカカシやガイを交えて飲みにいくこともあるだろう。それでも。 適当な料理を美味いという女がこの夜初めて笑ったので、それでいいとアスマは思った。
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