※暗カカ娘イル 「ちっとは遠慮しろやおまえ」 広くも狭くもない自宅にたどり着いたアスマが見たものは真っ暗なリビングで紫煙を燻らせる同僚の姿だった。もちろん事前連絡などないのだから不法侵入だ。 「おかえりー、ヤニもらいにきただけだよ」 「やめたんじゃなかったのか」 カカシが禁煙し出したのは結構前の話で、しかもその時ですらアスマにタバコを求めてきたことはない。カカシがメンソールを好むからだ。 「やめてたけど、ま、たまには」 ベストを脱ぎながら照明をつけると、長い体躯がソファに寝そべっている。忍びとして上等な男はぼんやりと宙で姿を消す煙を眺めていた。 なにかあったのか、と聞くだけなら容易いが。 自分のついでにと缶ビールを投げてやればありがと、と言葉だけがアスマに返された。視線は未だ定まらない。あまりかまってもしょうがない、と心のうちだけでつぶやいて、アスマはささやかな夕食を作るべく台所にたった。とはいえ主食よりは酒の肴がその割合のほとんどを占める。 ふんわりと独特のにおいと湿気がリビングの半分ほどを満たすぐらいになって、ようやくカカシが口を開いた。 「アスマと紅って昔なじみなんだよねぇ」 「ま、下忍あたりで同期だからな」 「昔から紅ってかわんない?」 でき上がった料理を大皿に移しながらアスマは質問を反芻した。 かわっているかと言われたらもちろん変わっている。 ただ、かわっていないかと聞かれたらそれにも頷かざるを得ない。 なんだこの謎かけは、と思ったところで漸く思い出した。 この男は。 「イルカはいくつになったんだ」 「俺より7は下。…質問に質問で返すもんじゃないでしょ」 「ああ、悪ぃ。そうだな、かわんねぇか」 本質自身の変貌は確かにあるが、「本質であること」に変わりはない。 できたばかりの料理をテーブルに運んでも、カカシがソファから身を起こすことはない。欲しけりゃ食えよ、とだけ言い捨ててアスマは食事を始めた。向かい側の相手はまだタバコを燻らせている。 「イルカはさ」 「おう」 大分時間が経ったあたりで不意にカカシが口を開いた。 いつの間にか晒されている片目もまぶたが閉ざされている。 「俺の『かわいい』なわけよ」 アスマは声に出さず食後の一服に火をつけた。カカシだって返答を求めているのではないのだろう。先ほどカカシが見ていた当りに視線をやって煙を吐く。 「餓鬼なんてきらいだけど、うみのさんとこに頼まれてたし、イルカはイルカでバカみたいに俺にくっついてきたし…俺も餓鬼なのに、ねぇ」 くく、と咽で笑うその音にはほんとうはわらいなど含まれていない。 「カカシにーちゃん、がカカシさん、になって、」 なぁアスマ、あれは俺のかわいいなんだよ 暗部や上忍としての任務の間にわずかではあるが世話をし、時には手間を増やされながらも世話を焼かれ、家族を一度失った自身に家族を再度与えようとした大切な人の形見とささやかな家族のふりをしていた。今だってもちろんそれは続いている。 周囲から父のようだとからかわれ、兄貴のつもりだと言い返したこともある。 だってほんとうにはそうなれなくてもそのつもりだからだ。 あれは「俺の」かわいいなのだから。 なのに。 「わかんないけど、今じゃ女の顔までたまにしやがる」 「俺にゃあそのあたりはわからんな。餓鬼の頃からのつきあいとはいえ俺ん中では紅は最初っから女だ」 そーだろね、とカカシがつぶやく。 照明がまぶしいのか。ゆるりとあがった腕は顔を隠してしまった。 俺はイルカの家族がわりだから、と意地の悪い顔を浮かべてイルカにほれてるガキ大将をからかいにいっていたあの飄々とした態度はどこへ行ってしまったのか。 「なぁアスマ」 それは戦場でも聞くことのできないような絶望の声音だった。 「イルカは俺を、……、すき、なんだってさ」 バカじゃねぇの、顔を腕で覆ったままカカシが咽を鳴らす。 決して瞳は見せないまま身体を揺らす男とその「かわいい」、どちらに対してかは自覚しないまま、アスマは哀れみを込めて相槌を打ってやった。
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押せ押せな年下が大好きです(断言)
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