「ねぇ、感じてる?ひくひくしてるよ」
 楽しそうな声。喉を鳴らす振動が耳の奥を這い回る。
 ざらざらと腰まで流れたそれは確実に快感へと繋がり、イルカはぎゅ、と闇の中で唇を噛みしめた。僅か舌の上にのる鉄錆の味、それすらも結局はカカシに奪われる。
 場違いに澄んだ金属同士が触れる音に銀を想像して熱い息を吐いた。
 しゃらん。しゃらしゃら。細い、こどもの指ほどの太さもない鎖。
 腕に巻き付く縛めは冷たかったのに。

「ねぇ、イルカせんせぇ」

 皮膚に落ちる濡れた息が馬鹿みたいに身体を熱くさせた。









『枷を紡ぐ』

 








 ひくん、ひくん、と蠢いているのが直に感じられてイルカは思わず息を飲む。自分の欲望にまとわりついてくる肉は熱く、女とは違う感触の壁が絡んで欲を煽り出す。

「はぁ…」

 全てを収めきったことに満足したのか、酷く充実感を含んだその声にびくりと自身が大きさを増した。くく、と降ってくるのは笑い声。喉をふるわせるだけのよく知った声。
 闇しか映さない瞼の裏に笑顔を思い描き、口にする。

「カカシ、先生」
「んー?」

 おはなしはねぇ、後にしましょうヨ?
 尖りきった胸の先端を指先で弄くられ、耳に息を吹き込まれる。甘い刺激に耐えきれず腰を揺らせばちいさく喘ぎが漏れた。

「ん、ふ…そ、もっと…」

 肉が肉で擦りあげられる直接的な快感に目眩がする。は、は、と短く息を吐きながら腰に溜まる熱をこらえて何度も乾いた唇を舐めているとふいに口付けられた。遠慮無く差し込まれる舌に熱が増して震えが来る。

「あ、ああ、イっ…!イイ、せんせ、えェッ」

 しがみついて滅茶苦茶に腰を揺らすカカシが啼く。
 …泣く?
 頬にぱたぱたと落ちてきたのは汗なのかそうでないのか。

「…ひ……!」

 締め付けと腹に降る生温さでカカシの絶頂を知り、イルカも中へ注ぎ込んだ。

 じっとりと汗の染みこんだシーツが気持ち悪い。
 奇妙に温度を奪われたその部分は肌に不快感しか与えてこない。互いの精液、ぬめった感触よりもよほど酷く。

「…はぁ」

 くたり、力を抜いてカカシがもたれ掛かってくる。
 これが日常。






一日目。







 目が覚めると知らない部屋だった。
 あぁ、とイルカは思う。
 あぁ。あのひとは。
「…カカシ、先生」
 身体を動かそうとすれば縛められていることに気付く。僅かな揺らぎがしゃらしゃらと硬質な音を生んだ。源を視界に収めれば銀の鎖が腕に巻き付いている。その端は寝台の柱へと。
「カカシ先生」
 もう一度その名を呼べばうくく、と笑い声が返された。
 次いで現れる長身の体躯。
「何ですか、イルカせんせい?」
 不自由に腕を束縛されながらも何とか半身を起こしたイルカに跨り、鼻先が触れそうな位置で幼く問う。
 イルカせんせぃ、何ですか。
「いったいどういう状況なのか説明して頂きたいんですけど」
「『閉じこめた』んだけど。言わなきゃわからないほどアンタは阿呆だったっけ?」
 真逆。まさか、と口の中だけで呟いてイルカはカカシの口付けを受けた。
 順に啄み最後にひとつ舐め上げ、離れていく薄い唇を目で追う。色素の薄い肌の中で普段口布に隠されているそれは血の巡りを透かせて妙に赤い。
「わかってんデショ、アンタならね。術は発動できないように仕掛けさせて頂きましたんでよろしく。…あぁ、この方が色気あるよ、イルカせんせぇ」
 言いながらカカシは寝乱れたらしいイルカの髪に指を通し、おざなりに引っかかっていた結紐を絡めて奪い去った。ざんばらな黒が肩に流れ、イルカの視界にも黒い線が幾つか引かれる。長い前髪は落ちてくると鬱陶しい。
 カカシが酷く綺麗に笑う。
 男相手に使うのは多くない敬称を惜しみなく捧げるに値する笑顔。拒否するでもなくイルカはそれをじっと見つめ、ふう、と息を吐いた。
「…手前ェは馬鹿だ」
 実力も階級も遙か遠く、高みにある相手に向かって暴言を吐くが迎えるのはもの言わぬ笑顔でしかない。ああ、口惜しい。


 殻越しの生温さに守られて、ゆっくりと形を成すはずだった胸の内のカタマリ。
 何も知らない熱源の重さに壁を砕かれ、どろりと身を崩した。


 しゃらしゃらと金属音。おそらくは短くもない間付き合うことになるだろう響きを無造作に脳へ叩き込んで、イルカは力を抜いてやわらかな寝台へ仰向けになった。
 覆い被さってくる銀髪が首筋に埋まり、僅かな痛みと共に痕を付けられる。不埒にまさぐる手は次第に性感を刺激する。指と舌が身体を縁取る線を辿ってはまた戻る。
 同性との経験がないわけではない。中忍で前線経験もあり、となれば処理に利用されることもあるし、熱に浮かされれば中忍同士でそういったことになることもある。そういった趣味の人間がいることも確かだ。
 愛撫とも呼べない攻撃的で執拗なそれに息を乱しながらイルカは思う。貪られる前の小動物はこんな気分なのか。
 絶対的な力の差。努力で埋められない壁はある分野で確実に存在する。
 せめてもの意趣返しか、それとも違った理由なのか、もう抵抗する気にもならない。
「は…、ぁ…」
「あ、気持ちイんだ。嬉し」

 繋がったままの振動に目眩がする。
 己から流れて出ていくのは様々な体液と、


 このまま育つはずだったもうひとつ。






二日目






 任務を終えてきたらしいカカシからは血の匂いがした。
 逃げ出すのは不可能だが、部屋の中を歩き回ることが出来る程度には鎖の余裕がある。しゃらしゃら。相変わらずついてまわる、金属の鳴る音。
 服を脱ぎ捨てシャワーを浴びに行く背中を見送って、イルカは寝台に沈み込んだ。
 己よりは少ないが傷が数多く存在する背中。大きなものはどれも致命傷だったとわかる。長身に実戦用の筋肉を纏わせた身体はしなやかで、やはり美しかった。口布を外さないままだから首元のラインは見えなかったけれど。

 ――ちくしょう。口惜しい。

 飲みに行くと目元を染めて笑うのにいいな、と思った。
 噂の写輪眼を見ることはなくても、多少こころの内を見せて貰えていると感じたのは錯覚だったのか。
 まだ会って一月にもならない。あまり他人を懐にいれない自分が、久々に楽しいと思える相手だったのに。物言いに、忍びとしてより男として憧れる部分もあったのに。そのくせこどものようで、そんな一面を知っていることが誇らしかった。あたたかく、ぽつりと胸の中生まれたカタマリ。
 カカシに懐かれるのは気持ちが良かった。正直に言えば、優越感も含めて。もちろんそれだけではないけれど。
 カカシに懐いているという自覚もあった。
 穏やかな時間はきっとしばらく続くと信じて疑わず、酒を酌み交わす月のない夜。
「あぁ、俺。アンタが欲しいなぁ」
 口にしている酒の喉越しと同じように、さらりと告げられた言葉。濃度の高いアルコールは喉を焼いたが、内側に反して己の皮膚は一気に総毛立った。
 背筋を一瞬で駆け抜けた寒気。
 カカシの目が、笑っている。まるで恋に恋する純な少女のようで、そのくせ瞳の奥に、欲に忠実な焔が見える。そのアンバランスさが酩酊する思考の中、これ以上ないぐらい卑猥だ。
 ちろ、と同じ酒精が芳る舌で唇を舐められた瞬間意識は落ちた。

 目覚めればこの部屋だった。身に纏う布もないが空調はされているらしく、負担にはならない。そして貪られ。
 あんな瞳で「欲しい」と言われたらそれが身体だと、交わりを望んでいるとなど容易に知れる。監禁までされるとは思わなかったが、そんなにまるごと、そのままの意味で「イルカ」を手に入れたいのか、あの男は。
 正直仕事が気になりはするが、カカシがどうにか誤魔化しているだろうからしばらくは大丈夫だと思う。
 …なんで俺はこんなにも冷静なんだろうか。
 自嘲し、イルカは薄く笑った。
 答えはわかっているが認めるのが口惜しい。
 不本意なセックスのせいで我を無くす激情が起こるような、綺麗な人生を過ごしてきたわけではない。だからつまりは――
「せんせぇ?」
 いつの間にか戻ってきていたカカシの声に覚醒する。
 肩にかけたバスタオルで銀糸を拭きながらやって来る、その空いた手には何やら食料の乗った盆。
 これ食べといてね、毒はないからさ。
 雑に切った具の炒め物と粥もどき。イルカはおとなしく口にした。拘束された腕では食べにくいことこのうえないがしょうがない。それに毒など最初から心配していない、カカシは己を殺すつもりなどないだろうから。
 食器が触れ合う音と、二人が動くたびに寝台の軋む音が響く。
「カカシ先生」
「はい?」
 イルカの食べる様をじっと見ていたらしいカカシは悠々と返す。
「アンタは何がやりたいんですか?」
「さぁねぇ。これからわかってよ。メシ終わったんデショ」
 あぁ、でも俺、基本的に本当のことしか言わないんでね。
 聞こえてなかったとは言わさないから。
「アンタが欲しい、それだけだ」

 二度目の交わりは血と傷を伴った。







三日目







「………あー、あ、あ、あ、あ。あ」
 声を出す。多少嗄れてはいるが、酷い異常はないようだ。
 ぐん、とひとつ伸びをしてイルカは広い寝台の上に身体を横たえた。どの動作にもしゃらりと金属音が付随して耳に障る。
 自然乾燥では止まることの無かった血液のためか、所々に包帯が巻かれている。起きた時は既にこうなっていた。
 昨晩のセックス、とも呼べないもの。


「へぇ、やっぱある程度は慣れてんだね」
 最中の言葉。決して絶頂を与えることのないまま激痛と快感をもたらす相手は、ちろりとイルカの先端を舐め上げた。
 腰が震える。身体に幾筋も朱線を引く体液の感触でさえも快楽を呼び起こす。
「昨日も結構感じてたもんねぇ?」
 舌先はそのまま裏を辿って双球の間を這い下り、いくらもない肌の部分を舐め回した。
 殴られ皮膚を裂かれ、その合間に与えられる愛撫。快感を引き出す動きは酷くやさしく、いろいろな錯覚を覚える。
 例えば、この痛みは快感だとか。
 そういった馬鹿なすりかえ。

 執着が。…愛情、だとか?

 ふ、と口の端を持ち上げればそれはカカシの気に入る所作ではなかったらしい。軽く頬を張られて乾いた音が部屋に響いた。
「おもしろくないなー」
 呟いたかと思うと視界が暗転する。…なにかで塞がれた。
 意識の殆どが吐精に向けられている状況ではそれが何であるかなど判断が付かない。
 何を、と思う前に吐精を阻んでいた指が根本から外され、顔中にキスが降ってくる。真っ暗な世界で触れる身体は余計に熱い。
 熱い、熱い。
「はぁ…」
 キスの合間に漏れた声。
 ぐち、と音がしていきなり与えられた快感に思わずイルカは息を飲んだ。
「ッ、な…ぅあ!」
 ずぐん。
 ぎちぎちと肉を掻き分けて奥まで進んだのは己の欲望。
 カカシの、奥に。そんなもの感触でわかる。
「カカ、シ、せんせっ」
 肉同士が馴染むのを待たずカカシが動き出せば、快感を追うしかできなくなる。ぎゅぶ、ぎ、ずず、と強引な摩擦にきつい悦楽。互いに濡れて音がいやらしくなる頃には息も上がりっ放しだった。
「すごい、おっきくなってるじゃない」
 昨日よりさぁ。ねぇ、そうデショ。
 熱い息と共に鼓膜に叩き付けられる稚拙で卑猥な言葉。
 煽られる。
「ね、イルカせんせぇ、アンタ、男に突っ込んでおっきくして腰振ってんだよ。すっげぇやらしい」
 うくく、喉が鳴る。
 無理矢理犯されてイかされてんじゃないんだよ、アンタが俺に突っ込んでんだから。
 ねぇ?

 血が滴るほど、喉の肉を最後に抉られた。

 指で触れれば喉の部分は包帯もなく、それでもまだ僅かに血を滲ませていた。
 昨晩はカカシを抱いた。あれに抱いたという表現があてはまるのならば、だが。乱れた肢体を見たわけでもなく、ただ自分は確実にカカシの中で果てた。
 血と、傷と、汗と精液。
 全てカカシによって生み出され、カカシに奪われた気がする。
「一応、あれも犯されたの部類に入るんだろうがなぁ…」
 感極まったカカシの声に引きずられて果てたのは事実だ。
 愛撫に啼かされて痛んだ喉は唾を飲み込むたびにじりりと傷痕を抉るような痛みを訴えてくる。

 今日は。俺は、どうなるんだろうか。
 そう思ってもカカシは帰ってこなかった。

 大きな忍犬が夜半に現れて食料を少しだけ置いていった。














 そうして日常が繰り返される。
 まるで飼われている日々。
 もう狂ってしまったであろう体内時計では何日たったのか正確にわからないが、少なくとも一週間程か。食事を与えられ、カカシが居ない時は眠り、カカシが戻れば貪られる。カカシの口で果て、中で果て、精液を注ぎ込んで。
 そのたびに、胸の内でどろりとしたものが寄り集まってくる。
 いろいろなものを取り込みながら段々と形を成してくる。
 前とは違うものに。

 同じものなど、二度と生まれない。


「ア、あァっ」
 ぎゅうとしがみついて果てる身体。
 荒い息を吐きながらイルカも後を追う。
「ふっ、く…」
 乱れた身体には快感の名残と吐精の気怠さ、そして不快ともいえるものだ。
 腕に巻き付けられた金属は熱が移って汗にまみれている。
 しゃら、と鳴る音に混じってイルカはふいに気付いた。
 いつもこういうときは視界を閉ざされる。それは額宛であったりただの布地であったりするのだが、今もイルカの両目はその機能を果たしていない。
 そんな中で気付いた感触はやはり金属のもので。
 カカシがしがみつくと首から提げているドッグタグが触れることは多々あった。しかし熱が通り過ぎた後のどこか冷静な部分が告げている。
 ―今、イルカに触れているのはそうじゃない。
 もっともっと太い鎖。最初の夜一度だけ見たプラチナのチェーンではなく、これは――
「ッ!」
 いきなり身体を退いたイルカを不審に思ったか、カカシは怪訝な声で聞いてくる。どうしたのか、と。
 しかしイルカは答えずに、体重をかけて肩でカカシを押し倒した。無論、腕は拘束されたままだ。イルカに跨っていた格好のカカシは繋がったまま、イルカを足の間に引き込む形になる。
「イルカせんせぇ?…、あ、ふ…っ」
 有無を言わせず肩に噛み付いてそのまま腰を揺らす。いつの間にか硬度を取り戻していた欲望を打ち付け、中に放った名残でぬるぬると滑る肉を容赦なく掻き回す。
「ア、ァアー、ィっ…あ、」
 急に与えられた快感にカカシは甲高い声を上げて悶えた。暴れる身体を身体で押しとどめ、肩の肉から血が滲むほど噛み付いて逃げ場を無くす。
 知ってしまった弱い部分をくびれで苛んで、限りまで腰を押し付けて深くを犯す。一度絶頂を味わった敏感な内壁は弱く、あっという間にカカシはまた達した。身体をひきつらせ先端から白濁を撒き散らして。
 イルカは、ぐったりと力を無くしたカカシに顔を擦り付けると、無理矢理に目に巻き付いた布をずらそうとした。
 見たい。今はカカシが見たい。
 意図に気付いてかカカシがそれを止めようとするが、短い時間に度重なる吐精を強いられた身体は言うことを聞かないらしい。抵抗も弱々しい。
 まだ体内に埋め込んだままのイルカは果てを極めておらず、熱を孕んだ肉棒は視界を取り戻そうとする動きに連動してカカシを刺激しているようで、ちいさな喘ぎがすぐそばの口から聞こえてくる。やがてイルカの思惑通り、視界を遮る布地は頬の辺りまで滑り落ちた。
「見、る…なぁッ」
 何よりも先に認識できたのは薄紅く染まった白い肌だった。
 視線を滑らせる。
 考えたものがそこに存在するか確認するために。
 肌。首元。―――銀色の。
 鎖。

 繋がるのは、身体だけでなく。
 銀色の端はイルカの腕に。
 もう一方はカカシの首に、

「…首輪?」
 二つを繋いでいて。
「あーらら、見られ、ちゃった…最初は、アンタ用、だったのに」
 コレ、ね。
 息も絶え絶えに、しかしカカシは皮肉げに笑ってみせる。
「着けるのやめたから。アンタに着けちゃったらねぇ、」
 …首にキスできないんだもの。
 見ることは出来ないが、確かにカカシはよく首に噛み付く。キスマークを残す。今も疼く熱となって残る痕。
 細い銀色のフレーム、首輪に見える細工の銀。
 カカシと繋がる時は必ず目隠しをされていたし、それ以外の時はカカシがきっちりと忍服を着込んでいた。口布に隠されて首など見えなかった。
「……、アンタって、ひとは…!」
 イルカの慟哭にもカカシは笑顔を返すばかりで。
 白い胸に顔を埋めて蹲ったイルカの髪を愛しげに一度梳いて、カカシはそのまま両腕をイルカの背中に回した。
 ぎゅうぎゅうと強く、一度抱きしめる。

 馬鹿だ。なんておろかなイキモノ。

 ふ、と指先にまで血が十分巡る感覚と、しゃらり、鎖が滑り落ちる音に縛めが解けたと知り、ゆっくりと顔をあげた。
 目の前の男は相変わらず美しく、イルカを見つめている。
 痺れた腕でその縁取りをなぞった。瞳はひたりとむかってきて訴えている。
 ねぇ。

「アンタが欲しいよ」

 変わらない求めるもの。
 くく、とイルカは低く喉を鳴らした。その様がカカシと同じだと、この場にいる二人とも気付いていないけれど。

「あげますよ。――もちろん、ね」



 「恋」になる前の想いを。
 無自覚に叩き潰してくれたアナタへ、
 いちばんの想いを込めて。



「全部なぞってあげましょうか。あぁ、最初の方ね。こうやって束縛して、傷つけて血を流させて。泣くまで喘がせて…そうそう、それと」
 なんて極上の響き。
 頭蓋を震わせるそれだけで、容易く熔ける正直な身体。

「…犯して、ね」

 犯して差し上げましょうか、全てを口には出さずとも告げられる淫らな提案。異論などあるはずもない、とカカシは唾を飲み込んだ。
 イルカが欲しい、それだけ。
 欲しいのだ。沸き上がる欲求は日増しに強くなり、あんまり穏やかな瞳でカカシを見つめてくるものだから耐えきれなくなった。イルカが浮かべる熱はじんわりと強くなりやがてカカシを包むものになるのかも知れなかったが、待つ余裕など無かったのだ。だって、こっちはとっくに燃えさかる焔にまで育ってしまっている。
 馬鹿なことをしている自覚はあった。

 この部屋に籠もってからするそれと変わらない格好。
 ただ、イルカに付いているはずの目隠しはカカシの双眸を覆い、首輪に繋がる銀の鎖、端はイルカの手にあった。長らく本来の役目を果たしていない結紐はごく緩い力でカカシの腕を拘束している。その気になればすぐ千切ることが出来る程度に。
 しゃらん。しゃら。
 鎖の鳴る音はイルカが身を捩るのではなく、カカシがイルカの腕を引くのではなく。
 今は、イルカが首輪を引く音として世に生まれる。
 カカシは導かれるまま、今までと同じく半身を起こしたイルカに跨り、その顔にキスを降らせた。
 唇のやわらかさで辿るイルカの形。指でも視覚でも触れることが許されないそれを知るために。
「っく、ん」
 咥内を貪り、舌を絡め出しても、イルカは答えるだけで自分から仕掛けてこない。
 傷つけると言ったのに。壊してくれない、そんな。

 もっと、もっともっともっと。
 お願い。

 焦れて悶える身体をなんとか動かし、カカシは唇を更に下へと滑らせた。ちゅちゅ、と可愛らしい音を立てて胸の先端に吸い付き、歯を当てる。息を飲む仕草に満足して繰り返せば軽く背中を引っ掻かれる。
 ぞくぞくと走る戦慄。全部下半身に響いてしょうがない。
 無理矢理身体をずらして、固い腹筋の狭間を尖らせた舌先で辿る。感じるのかぴくりと蠢く筋肉が愛しい。そうして下れば顎に布越しの熱さ。
 鎖を後ろに引かれても今度は譲らずに、喉を塞がれるようになって苦しいのにもかまわずカカシはそこへ口を近づけた。
 張り詰めているズボンの布は快楽の証、山となっている頂上に軽く歯をあてて、上顎の前歯だけで削るように擦る。
「カカシ、さん」
 名前を呼ぶ声が濡れている。
 そう思うだけで。
 も、イきそう。
 先端だと思われる辺りを固くした舌でぐるぐると刺激し、上から落ちてくる湿った吐息に自らをたかぶらせながら唇で探る。
 …あった。
 ズボンの粗い布地ばかりの中、歯に金属の感触。
 ウエスト位置にある唯一のボタン。
 見た目より着やせする身体は筋肉とのバランスのせいなのか、市販のズボンを履けばそれなりにウエストが余る。
 これ幸いとばかりにボタンの周りごと大きく布を咥内に招き入れ、歯と舌を必死で動かしてボタンを穴にくぐらせることに集中する。
 口の中で丸く冷たい金属は舌を絡めても逃げ、イルカの腹へ押しつけてどうにか固定させ、それからまた欲望を外に出すことに必死になる。
 味わいたいのは綿の感触じゃない。
 もっとナマナマシイもの、だから。
 もう口に含んだ布は涎でびちゃびちゃになっている。舌はいい加減布に擦れてひりひりと痛みを訴え、染みこんでくる綿特有の味が唾液に溶けて口の端をつたい下りた。
 それでもどうにかボタンが外れる。
 なかなか捉えることが出来ないジッパーを何とか歯で挟めば、エナメルとあたってがちりと音が鳴る。
 そのまま引き下ろそうと頭を動かせばジッパーは歯の間から滑り落ち、かちかちと何度も空噛みするはめになった。
 焦れったい。どんどん熱は溜まっていくのに。
 必死で挟むせいで口を閉じることは適わず、だらだらと布に染みこまない分先程よりも量の多い涎が隙間から漏れる。
 じゅ、ぐじゅ、濡れそぼる布地が噛まれて含んでいたものを滲み出させる音、顎からひっきりなしに伝い落ちる唾液が布に落ちる音、己の荒い息に掻き消されそうなほど僅かなそれがやけに耳を付く。
 欲しくてたまらない。長いような短いような時間をかけてジッパーを全部下ろしたときにはもう、疼いて仕方がなかった。
「っはァ…ァあ」
 下着を前歯で挟んでずり下ろせば、待ち望んでいたものが鼻先にべちゃりと当たった。鼻につく匂いと籠もった熱。きついその二つにイルカも感じていると知り歓喜が起こる。
 たまらずに目の前の裏筋にしゃぶり付いた。吸い付き、唇の裏側で掻いて、吸い付いた唇はそのまま舌で何度も辿る。
 見えないけれどわかる。任務で夜を空ける以外はほぼ毎夜味わっていたもの。
 色も。形も、震える様も、それこそ皺や血管の浮きひとつだって――
 くく、と喉を鳴らせば銀糸を掻き混ぜられた。
 もう笑うだけだ。欲しいと言った。与えると言った。
 それは真実でなくとも事実で。
「んふぅ、う」
 陰嚢を片方ずつ交互に含んで転がし、吸い上げる。手が使えないのがこれに関してだけは惜しい。使えたならもっともっと、キモチヨクさせられるのに。もどかしさに煽られるのも確かだけれど、イルカに深い快楽を与えたいという欲求は強すぎた。
 喉の奥まで招き入れて全部を咥える。
「…、く…は、カカシさっ」
 じゅぐじゅぐと音を立てて頭を振ればイルカの声が漏れた。僅かに揺らされる腰、先端が奥の壁に当たってえづきそうになるがそれすらも快感でどうしようもない。
 ゆるい拘束で与えられている暗闇は、己の鼻が見えるほど際の部分にだけ光が入っていた。視界の一番下側で、イルカ自身をつたって咥内から溢れたいやらしい液体が髪と同じく黒い下生えを濡らしているのがわかる。赤黒い肉が唇を犯す様はさぞかし卑猥に見えることだろう。意識してカカシは見せつけた。
 イルカの欲情した瞳、動作。
 それひとつで、酷く耐えねばならないほど吐精を促される。
「ん、ーぅぐ」
 淫らな水音がしないぐらい隙間を無くしてきつく吸い、果てろと言う代わりに激しく動かした。
 もたない。もう、欲しいから。
「カカ、シ、さ、…んんッ」
 どくり、注ぎ込まれる白濁。
 含んだままで飲み下し、残ったものは啜り上げる。ちゅぷん、とゆっくり解放したそれと自分の舌先が糸を引いたのを感じてカカシは身体を震わせた。
 自分の性器の先端からも吐き出されている。
 それでも、軽く達した身体はそれでも先を求めて。
 布擦れの音に顔を上げれば視界は一気に明るくなり、見えたのは目に巻き付けていた黒い布と銀の鎖。己を繋ぎ、拘束する甘い冷たさ。そしてこれ以上ないほどのイルカの笑顔。汗で貼り付いている幾筋かの前髪、その向こうに見える瞳は何処までも深く黒い。そこにうつるのは乱れた自分の姿。
「……ァ」

 生臭い味の残る唾、喉を鳴らして飲み込み、カカシはもう一度震えて下肢を濡らした。


「あ、カカシ先生、お疲れさまです」
「ど〜も。お願いできますか?」
「はい」
 夕方の受付所は騒がしい。窓から差してくる橙色の光は帰る家を染めているのだろう。七班の報告書を持ってやってきたカカシは迷うことのない足取りでイルカの元へ提出した。
 たわいない世間話と子ども達の成長報告、ほぼ毎回繰り返されるそれは受付では見飽きるほどの光景だ。
 酒の約束を取り付けたらしい二人はじゃあと互いに手を振って別れた。
 イルカの横に座っていた同僚がカカシの飄々とした後ろ姿を見ながら口を出す。
「お前とはたけ上忍って仲良いよなぁ、うらやましー。上忍って怖くないかぁ?」
「そうかな、ひとによるんじゃねぇの。まぁ、仲良くしてもらってんのには感謝してるし…っしゃ終わり!お疲れ、先に失礼するぞー」
 手早く最後の書類を片付けたイルカは鞄にばたばたと荷物を詰め込むとカカシの進んだ方向に走っていった。カカシがやってきたのはイルカの就業時間のほんの少し前だったのだ。
「仲良く、ねぇ」
 階級差を越えた友人とか。あー、うらやましいなぁ。
 まぁイルカだしな、とひとつ欠伸して頬を叩く。
 今日のイルカは早上がりだが、自分はまだまだ数時間仕事に集中しなければ。
「次の方どうぞ!」
 喧噪の中、切り込むように声を投げた。

















 壁一枚隔てたところは沢山の気配。
 ざわざわと、帰宅前の暖かな感情達。
「ふ…」
 散々に嬲られていた口を解放されてカカシが息をつく。
 似たような身長の男が二人で抱き合うとキスしにくい。
 裾から背中に骨張った手指に侵入されて思わず膝を落とした。両足の間にはイルカの膝が待ちかまえていて、支えられる格好になる。脇腹を擽りしなやかな背筋を指の腹で辿り、撫ぜた後はさらに上って、カカシの項を軽く引っ掻いた。
「ッ…ん」
 イルカの指先に触れたのは暖かな肌と、冷たい銀の感触。
 首輪を模した銀の細工。白い肌の上で光るそれ。
「せんせぇ」
 とろりと潤んだ瞳。
 イルカは低く喉を鳴らした。
「あぁ、駄目ですよそんな顔ココでしちゃあ」
 く、と指で首輪を引っかけて引けば、自然とカカシの喉が反らされる。
 もう一度口付けて軽く唇を噛み、血を滲ませた。
「ウチで飲むんでしょう、その後でね」
 傷つけた場所に滲む液体を舐めて、また唇を重ねて。








 しゃらん、と音が鳴る。

 恋じゃなく愛じゃなく。
 たとえそうだとしてもそうではなく。


 ただ。

 絡まる鎖は雁字搦めで、ふたり、鳴らして確認して。




 同じやり方で目を合わせて笑った。







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初出/20030914/合同誌「Flying Of Blind Bards」

後ろ手拘束口ご奉仕、がノルマの合同誌でした。
気合いが入ってる箇所がわかりやす過ぎます<ジッパー
今でも一番しあわせな二人な気がします。
感想で「カタルシスが突き抜けてる」というお言葉を頂いてなるほどと思いました。
ある意味でイルカカイルで追うものの根源なので、とてもうれしかったり。