理由なんてもうとっくの昔に忘れてしまっているし、あげていたらキリがない。そしてそれは嫌いなところでもあるから口にはできないのかもしれない。
 それが理由だなんてちゃんと形作ってしまえば、その部分でもっと優れた人がでてきたら俺はそっちに惚れるべきなんだろうから。そんなことにはならない自信もあるのだけど、一応。
 とりあえず。
 好きなのだ。




『青春days』




 はたけカカシが好きだ。
 イルカがそれを自覚するのは遅かった。単なるあこがれだと思い中々色恋だとは感じられなかったからだ。性処理として男との閨は経験があるが、まさかそういった対象として男を、しかも上忍で二つ名まで持つ特殊な男を見ることができるとは思わなかった。
 それだというのに、夜道、きらびやかな女に声をかけられているカカシを見ただけで駄目になってしまった。感じたのは嫉妬。別にカカシの腕にしなだれかかっていたわけではないし、おそらくは昔の知り合いだったのだろう。二人の間に流れていたのはふわりとした穏やかな空気だった。
 カカシが呼び出され告白されている現場など何度も見たことがある。その度にカカシが丁寧に断っているのも。そんな色恋の場面など何度も見たのに、カカシと女が生み出した独特の雰囲気は酷い嫉妬をイルカにもたらした。
 あの場には、立てない。
 気楽な友人付き合いをしていた。派手な噂があるにも拘わらずカカシは真摯な面が多く、堅苦しいとまで思ったことはないがきっちりした男だった。だって面白いじゃないですか、と公衆の面前で年齢制限本を読むような常識のなさもまぁ持ち合わせていたが。上忍師は初めてだからとイルカに教えを請い、そのうち気安く飲みに行く中になり、その関係が好きだったはずなのに。
 俺は男だからあの場には立てないのだ。
 友人としては、カカシの人柄によるところが大きいのだろうけれど、まずまずの位置にいると思う。階級差を取り除くことはできないけれど、側に居るときは同世代同性の気安さからかくつろいでくれていると思う。
 だが、近い将来にカカシは生涯の相手を見つけるのだろう。忍びとして優れた相手なら里が推奨して子を為すのだろう。こんな女が好みだと酒を酌み交わし頬を染めながら語ったのと同じような女を見つけ出し、そこを安らぎの場として生きていくのだ。別れた女の愚痴も思い出も聞き、まぁいつかほんとにいいひとと出会えますって、と愚かにも応援した自分を放って。
 一番になりたいと感じてしまえば、自覚するのはすぐだった。
 カカシを妬む故か、彼に関する醜聞は多い。金も色事も、だ。多少なりとも親しいまではそれが中々に誇張されたものだとわかっているが、閨での彼はどんな顔をするのか、と思うだけで身体が火照った。酔いで染まった頬と潤む目の記憶を勝手に置き換えて、触れたらどうなるだろうと卑しい想いで夜を何度も過ごした。カカシが男を相手にする嗜好などないと、知っているのに。

 常に前線で戦ってきた男。慰安は数少ない女を与えられる実力者で、むしろ慰安の時間を与えられることすら少なかったらしい。里に戻れば花街の上物が相手をしてくれる。今のナルトよりもまだ幼い頃に、四代目に放り込まれてからずっと同じところに行っている、と恥ずかしそうに語っていた。それなりに巡っていたようだが、そこは羊水のように温く心地よい空気を与える特別なのだろう。
 男同士での処理を知らない。知識では知っていても、カカシにとっては弱きものの慰めあいなのだろうか。そうと知らず、イルカが上官に強制を受けた話を酒の肴におもしろおかしく愚痴ってみれば「そんなことをそんな風に言うんじゃありません」と酷く静かな視線で窘められたことがある。
 中忍同士での飲み会ならば話が下の方に流れると大抵そんなネタが使い回されるというのに。ああそんな嫌な時代もあったな、と過ぎた今は笑える話にしてしまう。ある一定の年頃にはそんな試練が待っているものだ。いちいち気にしていればキリがない。もっとも、酷い相手に当たったものはトラウマになり忍びを辞めるものもいた。
 力の差を見せつけられ、本当にこちらに対して同情を、もしくは憐れみを見せるカカシは天上の人だと知ってしまう。悪気がないのがわかる分だけ苛立ちはしこりとして胸に残った。お前とは格が違うと、同じ性を持つものに抱かれたことも抱いたこともある自分を嘲笑されたようで。

 それでも好きなのだけれど。

 最終的にどうなったかと言えば、私事に関して細やかな心遣いなどできないイルカはふとしたはずみで想いを告げてしまった。言葉を口にした瞬間、もうカカシと触れ合えない辛さよりも感情を秘めなくていいのだという安堵が勝った。尤も、その一瞬だけですぐさま後悔した。なんで恐れ多くも友人の立場を得ているのに先を望んでしまうのか。
「………」
 黙ってしまったカカシが怖い。好きな人間のはずなのに、酷く恐怖を感じる。どうせ傷つけられるならとっととトドメを刺してくれ、と罪人の心地で吐き出される言葉を待てば、予想もしない返答が耳に飛び込んできた。
「時間をもらっても、いいですか」
「は」
 信じられなくて間抜けな声が出てしまう。だって、今、何を。
「期待を持たせるだけの結果になってしまうかもしれないので酷いことを言っていると思っていますけど、イルカ先生が真剣なのはわかったので、俺も真剣に返したいと思います」
「だって、あなた、男ですよ俺っ……」
「イルカ先生が言うのもなんだかねぇ」
 苦笑してカカシががしがしと髪を掻く。ちくしょう、そんなものだって愛しい。
「うん。でも、あんたの気持ちは感じたから」
 期待してしまう愚かな心と、もう突き放せと思うあきらめと、生殺しを憎く思う気持ち。ぐちゃぐちゃに渦巻くものは胸と喉を越え、内側から熱を呼び起こす。涙と嗚咽が漏れそうになるのをちっぽけな矜持で無理矢理に押しとどめ、失礼します、と頭を下げた。カカシは追ってこなかった。やさしいのはひどいと同じなのだろうか。

 そして三日後のカカシは軽いキスをイルカに送ると、うん、と一つ頷いて「付き合いましょうか」と笑った。







「はぁ」
 ため息が風呂上がりの身体を滑り落ち、熱さとも寒さともしれない感触を肌に訴えかけてくる。時計を見れば日付が変わろうとしているところだった。
「今日はカカシさんいないもんなぁ…」
 金曜の夜は一緒に外で食べることがいつの間にか習慣になっていた。恋人同士になって一ヶ月と少し。今晩は上忍同士の飲み会だとかでカカシが横にいない。
 一人でどこかの店に入る気も起きず、家で残り物を片づけることにした。レトルトものでも冷凍食品でも賞味期限があるからだ。色々なものを湯煎にかけレンジにかけ、あたためて食べる。纏まっていない炭水化物ばかりの食事はそれなりに胃を満たしてくれた。
 雑に髪を拭った後肩にかけていたタオルをもう一度使い、がしがしと髪を乾かす。気安さか寝間着の下履きだけを履いた格好でふと鏡を見れば、傷だらけの上半身と特に美形でもない顔が映っていた。酷く疲れた顔だ。…仕事で疲れているわけではない。相変わらず兼業はハードだが、それはもう慣れたものだ。疲労を感じているのはそんなことではない。
 鏡の中に見える肌は蛍光灯を反射してやけに明るく見える部分があった。日に焼けた肌の色を隠し、白く見える肌。幾度か風呂に入っていったカカシの肌も白く光っていた。透けそうなほどの色彩に、水滴が伝い落ちる様から目が離せずに−
「…馬鹿か」
 カチリ、と十二を指す位置で時計の短針と長針が重なる。永遠に追いかけっこを続ける関係は何かに重なるだろうか。わずかな音に意識を引き戻され、イルカは無理矢理に口の端を引き上げた。
 最初こそ信じられなかったものの、所謂『恋人同士』の付き合いは続いている。ただの友人だった頃よりはにじむ程度に甘く、もたれかかったり軽く抱きしめ合ったりが許される関係はうれしい。
 うれしいのに。
 軽い接触はあっても、カカシがこちらに性的な何かを与えてくることはなかった。キスだって軽いものが殆どだし、回数自体数えるばかりだ。もっと深く、舌を絡めて吐息も奪うようなキスを願っているのに。
 どんどん欲張りになっている自分が嫌だ。壁にもたれてずるずるとしゃがみ込めば、背中と擦れて少し痛い。
 後で聞けば、カカシはイルカにキスできたら大丈夫だと思ったのだと言った。イルカの側は心地よく離しがたい。しかし同じ情を返せないのに側を陣取るのは不誠実だ。イルカとどうこうなりたいと考えたことはないが、そんな対象に思うことができるのか、と。
 酒の席で男同士ディープキスだってかますような輩が居るとカカシは知らないのだろうか。任務中はともかく、プライベートでも、生理的嫌悪感を抱かない相手であれば唇の接触など大したことではない。
 今でも誤解のような気がする。カカシの持つ情は友情を越えていないのでは、と。それでも慈しんでくれる態度は本物であるし、照れながら手をつなぐくすぐったさも現実だ。カカシもそれを感じているのなら、確かにこちらを想っていてくれていると思う。絆されているのだとしても。
 付き合って一月と少し、今までの経験を考えれば身体を重ねていてもいいはずだ。アカデミー生の恋愛というわけではないし、まだ横に布団を引いて二人で寝ている状況はどういうことだろう。
 あのやさしい声が熱を孕めばどんなに艶めかしいだろう。カカシが酒を過ごし二日酔いで目覚めたとき、掠れた声が酷く腰に来たことがある。抱き合って耳元であの声音で、囁かれたらたまらないに違いない。イルカ先生が欲しいよ。そう言ってくれたならもう、身体以外になにもない自分は簡単に唯一を与えてしまうだろう。生々しく想像するのはカカシの指先。我知らず既に勃起しているものが窮屈で、乱暴に下着ごとひとまとめに脱いでしまった。どうせカカシはこちらに顔を出さないだろう。
『イルカ先生の、おっきくなってる』
 あなたが触るからだ。こころの内で掲げた言い訳は、おなじくこころの内でカカシが浚っていってしまう。想像の中のキスに過ぎないのにうごめく自分の舌が馬鹿馬鹿しい。
『すごいね、もうびくびくして』
 竿を扱いて逆の手は亀頭を弄った。気持ちいいのにつるりとした先端ばかりを撫でさする指先だけでは涎をあふれさせるものの吐精に足りない。きっとカカシはこんな風に焦らして追い上げる。勝手な予測を脳内のカカシに実行させ、たまらなくなって指の輪を狭めるとめちゃくちゃに上下させた。ひく、ひく、と腹筋が動くのが感じられる。
『気持ちいい?ねぇイルカせんせぇ』
 舌足らずの甘えた、本当は一度も聞いたことのない声。
『イッちゃってよ』
「カカ、シ、さ……ぁッ」
 爪先で自分だから知る良いところを痛いぐらいに抉り、想像の中ではカカシの顔に向かって精液を吐き出した。あの透けるように白い肌へ粘る白濁がびしゃりと吹きかけられる様はさぞ卑猥だろう。
 は、は、とまだ整わない息をそのままに体内から熱が逃げていくのを感じ寝そべる。フローリングの冷たさが汗ばんだ肌には心地よく、熟れた匂いを放つ粘液で手を汚しながらイルカは一筋だけ涙した。

 これは贅沢な悩みなのだろうか。

 虚しい快感の余韻で頭が回らない。手のひらの感触が気持ち悪く、タオルに擦りつけているとガタンと音が聞こえた。玄関。カカシか。
「イルカせんせーい、おみやげ持ってきましたよ〜」
 ほら、あなたはやさしい。そういって俺を甘やかすのに俺に触れない。来ないと思っていたのに、もう遅いのに、俺をよろこばせる。
 まだ精の匂いが充満している部屋の換気をしようとも思わなかった。まだ寝そべったままだし、タオルには吐き出したものがべっとりとなすりつけられ、端から乾こうとしている。
 もう、いいか。
 普段のイルカなら大慌てで名残を消し、カカシを出迎えるに違いない。いらっしゃいカカシさん、遅くに気を遣わなくてもよかったのに。でも、うれしいです。そう言っていつも通りに過ごせばいいだけなのだ。
 いつも通りに。風呂を沸かし直してカカシを入れて、二組の布団で別々に眠る。そんないつも通りに。
 もういいや
 恋人のつもりなんだから。
 こちらの灯りに気づいてか、カカシが廊下を歩いてくる音がする。ぺたりぺたりと床に張り付く裸足の音が近づいてくる。
 やがてがらりと開き戸の向こうからカカシが姿を現した。酒のせいかいつもより少し機嫌の良さそうな表情が愛しさを持ってこちらに向けられ、そしてこちらを認めて凍り付く。
「イルカせ…あ、………ッ、ごめ、俺」
「カカシさん!!!!」
 そりゃあ驚くだろう、喜ぶだろうと訪ねた家で家主が明らかに自慰の直後だとわかる様子で転がっていれば。
 直ぐさま戸を閉め消えようとした相手を叫び声に近い声音で呼び止めれば、戸の向こうで気配がぴたりと止まった。
「えーと。ごめんなさい、見るつもりじゃなかったんですけど」
 木の板を一枚隔てたカカシの声は思ったよりも鮮明だった。口布を外していたせいだろうか。イルカ宅に入るなり口布を下げたのであれば、こころを許しているその所作がうれしい。
 逆だったなら。逆だったなら、とイルカは考えてくつくつと笑った、逆だったら、カカシが自分を思って自慰に浸るのであれば、興奮してそのまま襲ってしまうだろう。
 まずいところに現れてしまった、と純粋に申し訳なさそうな声を今は聞きたくないのかもしれない。こちらが怒っていないか探ろうとする気配がもう鬱陶しい。
「ねぇ、カカシさん。別に見られたのは気にしてないからいいですよ」
 本当に見られたくなかったらカカシの気配を感じた時点で隠蔽工作をしているはずなんだから。あからさまにほっとした空気が戸を隔てた向こう側には流れている。
「ねぇカカシさん、あなた不能じゃないですよね」
「…別に今まで、イルカ先生にそんなこと言った覚えないですけど」
「はい、俺だって聞いた覚えはありません」
 何が言いたいのかカカシはわからないのだろう。
「俺がさっき何をネタにしてたと思います?」
 中途半端に足首へ引っかかっていた下履きを外し、カカシのいる戸へそっと向かった。性的な意味を持つ相手の前で全裸になることは普通羞恥心を呼び起こすものだと思う。
 答えを待たず、イルカはまた言葉を綴った。
「…俺、カカシさんが好きです。カカシさんは俺のことが好きですか」
「好きです。俺だってイルカ先生が好き」
 即答されることはうれしい。その気持ちに偽りはないと思う。思い上がりでなければ。カカシはこちらを好いてくれているのだ。それだけで満足するべきなのだろう、本当のところは。
「俺を好きだと言ってくれて嬉しいです。…カカシさん、俺とセックスするの考えたことありますか」
 カタ、と小さな音を立てて戸が揺れた。カカシがもたれたのだろうか。思いもしなかった現実を突きつけられて困惑しているに違いない。え、いや、と呟かれているのがわかる。わかってしまった。
 カカシはこちらに触れないんじゃない。
 基より触れる気がないのだ。
 思わず苦笑が漏れる。そうだ、なんで気づかなかったのだろう。カカシはそういう男だと知っていて惚れたはずなのに、恋人同士になって浮かれていたというのか。好きでいてくれるのは確かだと思うけれど、男同士のセックスに嫌悪感を抱いている様など見せつけられたはずじゃないか。
「俺は」
「考えたことないでしょう?せいぜいキスまでだ。今から先は男同士だったらない、とか思ってたんじゃないですか」
「………」
 沈黙は肯定だ。
「あなたが俺を受け入れてくれたのは死ぬかと思うほど嬉しかった。…カカシさんがそうじゃなくても、俺には人並みに繋がりたい願望があるんです。考えたんでしょう?俺を相手に考えないなら、あんたどこで処理するんだ」
「…だって、イルカ先生だって別にそういう人じゃないって自分で言ってたでしょう?任務で無理矢理されたことだって聞きました。嫌だったって。男色でもないのに、なんでかカカシ先生に惚れてしまいましたって、言ったじゃない。俺だってそうだよ、自分でもこうなると思わなかったのにイルカ先生が好きだもの。セックスって…おかしいでしょう…。俺は、イルカ先生が女が欲しくなりゃ買いに行ってくれて構わないと思って」
 頭が煮える感覚を久々に味わった。ぐらぐらと脳が沸き立つほどの焦燥とも怒りともつかない感情は、ただ紅いということだけが瞼裏の色からわかる。
 カカシの言っていることは正しい。今まで色恋の意味を込めて男を見たのは初めてだし、任務での処理が好きだという奴はいないだろう。それでもカカシが好きで、好きで、しょうがない程に好きで、俺は。

 繋がることを、身体で知ってしまっているのだ。

 イルカが女を買ってもカカシは平気だという。ならカカシ自身が女を買うこともあるのだろう、愛はない、愛はイルカにとあのやさしい声で囁きながら。この一月と少しで何人か既に夜を共にせずとも抱いたのかもしれない。
 願いは、おかしいものらしい。カカシと抱き合うことを望むのは。
 淫乱だと蔑まれるだろうか。今の自分はもうおかしい。この蜜月は心地よく甘ったるいものだったけれど、それを壊してまで熱を望むのは狂ってしまっているからだろう。なんでこんなにカカシが好きなのかもうわからない。
 カカシと恋人同士になっていても、あの場には立てないのだ。
「俺は、…いえ。カカシさん、じゃあ俺を手伝ってくださいよ。あなたは何もしなくて良いから」
 額を戸にあて、自分の爪先を見ながら呟く。太股あたりに散っていた精液はもう乾いて肌に張り付いている。
 泣きそうな声だと、カカシも思っているのだろうか。
「目ぇ瞑ってりゃ、女と同じですって…、…」
 ゆるい振動が頭蓋に与えられ、戸から身体を離せばゆっくりゆっくりと開いていった。向こう側にカカシがいるのをうつむいたままで知る。
 自分よりも白い爪先。綺麗な男は足の先まで形が整っているらしい。

 カカシ自ら戸を開いたそれがやさしさからだというのなら、やはりやさしいはひどいと同じものだ。





「…、っ…く」
 口で追い上げたカカシは中々反応しなかったが、意に沿わず上司に仕込まれた口淫はそれでも快感を与えたらしい。一度ふくらみ始めればゆるゆると成長していった。粘膜を犯すには十分な堅さを保つまで舌を這わせ、わざと卑猥な音がするようにしゃぶりつく。
「は、ぁ…」
 咽せそうになっても根性で押さえ込んだ。上から降ってくるカカシの喘ぎはどうしようもなくイルカ自身を高ぶらせる。じゅるじゅると唇や咥内で液体を掻き混ぜればびくりとカカシが震えた。布で視界が遮られている分、聴覚が敏感になっているのだろう。
 見えていなければ、女と同じ。女ならばカカシは抱くのだと。
 カカシを抱きたい欲がなかったわけではないが、男同士が考えられないのならば受け身の立場など想像したこともないに違いない。それでもイルカは繋がりたい。…自身が女ならばよかったのだろうか。いや、それならこの関係さえ無理だったと思う。あの場に立てない自分が、女に変化するのも馬鹿らしい。
 頑なにカカシへは触れず、舌での愛撫を繰り返す。口の構造など男でも女でも同じものだ。髪を解いたから内股にあたるだろう黒髪の感触も煽っているのかもしれない。銀の頭髪より少し色の暗い下生えを肌にはあまり触れないように指先で梳き、根本ごとじれったく刺激する。生々しい質感を匂いを放つ性器は思い描いていたものだった。夢中で吸い付き、頃合いかと後ろ手に解していた指を抜き去る。自分で軟膏を塗りつけたときには冷たかった指先が三本とも温まっているのが妙に恥ずかしかった。
 見えていなければ女と同じ。声は出さない。
「…ッ」
 カカシのものはそれなりに立派で、雁首を体内に収めるのには少しの時間を要した。ずる、と肉が襞を掻き分け侵入を果たす感触にもう意識を失いそうなほど感じている。熱くて固いものが内壁を擦りあげるように腰を揺らめかせれば、またカカシが呻いて汗を流した。直接的な快感に逆らえないのだろう。だとしても、感じているのは事実だ。
 しばらくぶりに男を受け入れた身体でも、好きな人間と繋がる喜びに悶えまくった。上下させくねらせる腰は快感に幾度も止まりそうになるが、カカシに動くなと言ったのはイルカ自身であるし、カカシが自ら快感を追ってくることはないだろう。意識してカカシを締め付け、肉の輪で掻いてやれば息を詰める回数が増えてくる。
 そろそろか。抱かれたことのある身体だといっても、自らの内側にある弱点を把握していても、後ろだけの刺激で達したことはない。カカシにまたがり、その腹に手をつくことも戸惑われて後ろがわへ手をついて身体を支えていた。カカシに向かって大きく開脚し、だらだらと涎を零し揺れている陰茎も受け入れているいやらしい部分も全てさらけ出している格好は、相手の視界が布に閉ざされているとわかっていても酷く羞恥と興奮を与えてきた。つらい体制でも追い上げるため片手で自らの先端を引っ掻き、腰を大きく回せば低く呻いてカカシが達した。
 中に吐き出される感覚すら、以前はあんなに気持ち悪かったのに刺激となる。びくびくとカカシが残りを吐き出すのにあわせて絞るように竿を扱き、イルカも達した。先端を手のひらで包んだままの吐精はカカシを汚さない。かわりにべたりと張り付いた精液がまるで自慰の名残のようで。
 どこがセックスだと、荒い息を吐き腰を震わせながらイルカは思った。

 布の向こう側でカカシの瞳は「気が済んだか」とこちらを避難している気がしてならない。

 汚れたカカシを簡単に拭い、イルカの跡だけは残すまいと努力してから風呂へと追い立てた。何も喋らないのは気まずさからだけではないだろう。
 どろりと内股を伝う名残すらカカシのものと思えば愛しいのだ。
「何やってんだかな」
 入れ替わりに風呂を使えば、いつも通りに二組ひかれた布団の片方にカカシが寝ている。帰ったかと思ったのに。片腕で視界を遮るように横たわる姿は何故か痛々しいもののように思えた。
「…イルカ先生」
「……はい」
 ごろりとカカシが腕の位置はそのままに横を向く。背中を向けず顔は見えなくともこちらを向いてくれたことに安心して、イルカも布団に潜った。
 冷えたシーツは何故か先程の熱を思い起こさせる。
「好きですよ」
「はい」
 その言葉が何よりも痛い。





 カカシさんが他の女を抱くの正直嫌です。
 でもそれはしょうがないんだと思います。

 素直に告げた言葉にカカシはすこし眉を寄せたが、何も言わずキスをくれた。あれから変わったことといえば少しだけキスの回数が増えたことと、どうしようもなくなったときだけカカシを押し倒していることだ。相変わらずのキスが深くなることはないけれど、それにはカカシの愛情が感じられる。騙されているようでも嬉しいのは確かなので甘受している。
 喋るのが楽しいし時たま喧嘩だってする。一緒に飲む酒は一番美味い。任務が下れば信じていると言いながら心配し、帰ってくれば抱きしめることが許されていた。
 どちらが我が儘なのだろう。
 抱いて欲しいと願う自分と、男同士での閨を考えられないカカシと。
 恋愛に、というよりも恋人に譲歩は必要だろう。お互い収まる位置を二人で探すべきだとイルカは思うからだ。
 キスが増えて嬉しい、カカシはこちらを好きでいてくれている。それは日常からわかる。甘やかされる感覚は酷く心地良いもの。それでも、身体はカカシの熱を思い出すたびに欲情して想う相手がいないところで熱を零した。
 カカシが何処かで女を抱いているとしても、それが処理だとしても、イルカは他を抱こうという気にはならなかった。一度試そうかと思ったが勃ちそうな気配もなかったし、酒だけ飲んで昔馴染みの遊女に暇を告げた。
 ふと考える。
 カカシは本当にひとを好きになったことがあるのだろうか。
 付き合った女は片手で数えられるばかりだと言ったし、長続きしないとも言っていた。まず里にいることから少なかっただろう男の言葉に同情したのはまだ付き合いも浅かった頃の話だ。カカシの安らげる恋人の場。立てないはずの場に自分がいる奇跡。それでも欲の解消を他でしているのならばイルカはただの欠陥品だろう。
 俺が誰かを抱いてもいいと言ったカカシは嫌いだ。
 執着心は、独占欲はないのかと襟首つかんで揺さぶってやりたかった。でもそうすれば、今まで男など考えもしなかったカカシのことだ。目が覚めたの何だの言って別れ話を口にするかもしれない。それは嫌だ。でもこの状態もつらい。
 カカシが好きで別れたくない。でも。
 どちらが我が儘で、どちらがひどいのだろう。
「も、やめたほーがいいかな…」
 カカシに焦がれていた頃が懐かしい。今でも焦がれているけれど、片想いの苦しさはもっと単純な甘さを含んでいた。カカシの肉を知らない頃。
 抱きしめてくれる温度やキスの感触をしらない頃に戻りたい。いや、男同士のセックスなど欠片も思わなかった幼い頃に。
 それならカカシを好きにならないとわかっているけれど。
「限界かな」
 長い間隔を空け、耐えていたはずの感情が時たま暴走することがある。ほんの少し、わずかな回数だけ、カカシにまたがり腰を振った。
 一度だけ、最近の一度だけ、カカシの手のひらはイルカの顔を辿った。全てのパーツを指で確かめるのを払いのけるまで幾度も。生理的でなく流した涙を汗だと勘違いしてくれなかっただろうか。その答えはカカシ自身しか知らないことだ。
 こちらの処理に付き合ってくれているカカシ。やさしいカカシ。
 繋がっている最中に触れられた、たとえ偶然でも涙を拭われたようなあの思い出があればもうそれでいいのかもしれない。悲しいだろうし納得もいかないだろうが、昔辛かったときもなんとか乗り越えられたのだからきっと大丈夫だ。ひとりになるのではない、ひとりに戻るだけなのだから。
 カカシは別れたくないと言ってくれるだろうか。






 なんで今こうなっているのかわからない。
 勝手に揺れる腰を、淫乱だと一言で切り捨てられる。だってしょうがないじゃないか、気持ちが良いのだから。視界が常に揺れているのは身体の中にがつがつと打ち込まれているからで、肌が合わさって鳴る音まで聞こえてきた。奥を掻き混ぜられる度に震えが走り、どうしようもない衝動を体中に響かせる。
「ほんとに男咥えてよがってんだもんな、信じらんない」
 ぐ、と一際強く抉られて悲鳴に近い声を上げたつもりが、掠れた息にしかならなかった。震える、身体が震える。乱暴に扱われているはずなのに心底感じるのは、だって相手がカカシだからだ。
「そうやって前もぐちゃぐちゃになってたんだ。俺の上で」
 加減のない律動でも先端は臍の裏側にある性感帯を確実に擦りあげる。焦らし、追い上げ、意地の悪い変化はイルカをさらに鳴かせる原因になった。
「…っ、確かに、女と違うけど一緒だよね、ああ、泣いてる。さっきも?」
 目尻を拭われながらぬぐぬぐと、その質感を覚え込ませるようにゆったりと抜き差しされ、脳の奥深くが弾けるような感覚とともに先端から精液をまき散らした。深すぎる快感に感情が追いつかない。そこへの刺激だけで達したことなどなかったのに、カカシに跨り腰を上下させ意識的にそこへ擦りつけていても絶頂まで辿り着けなかったのに。
「ゆっくりの、が、感じるんだ。へぇ」
 知らなかったなぁ、と荒い息の中でカカシが呟き片足を肩の上に通した。そのまま痛みを感じるほどのしかかられ、カカシが達するためだけの穿つ動きに翻弄される。
「あ、ぁあッ、あ、あ、っ、ん…、ふ、!」
 自分が動くのではない快感。今までの数少ない夜、仕切るのはこちらで、カカシが吐き出すのを待ってそれから自分を追い上げていた。一度で終わっていた行為が今はイルカの意思に関係なく進んでいる。吐精後の敏感な身体では嫌だ、と身を捩っても刺激されるわけのわからない快感。与えられる悦びは不可思議な陶酔を生んだ。視界に映るのは持ち上げられた片足の先が揺れる様だけで、腰が砕ける程快楽に支配されても無理を強いられている内股の筋が痛むのをやたらにはっきりと感じる。

 なんでこうなっているんだっけ。
 ああ、そうか、別れましょうと言ったんだ。もうやめましょうと。

「別れましょう」
 口にした言葉がカカシに届いているかわからない。手持ち無沙汰に乱れた髪を掻き上げる動作がなにやら気に入らなかったらしく、カカシは珍しいことに舌打ちをしてイルカから視線を外した。
「何、あんた…何言ってるの。今までここにいた奴の方が俺より好きになったの」
 あぁなるほど、心変わりだと思うか。それもいいかな。
 イルカの部屋には明らかに情事の気配が色濃くこびり付いていた。適当に浴衣を羽織っている身体にはいくつか鬱血があるかもしれない。相手は適当にひっかけたどこの誰とも知らない男だ。
 擦れた空気を纏う人間には擦れた人間が寄ってくる。一時期痛いほど感じていたそれは今も違うことなく、話に聞いた裏通りへ赴いてみれば簡単に一夜の相手を捕まえることができた。
 相手をカカシだと自らに言い聞かせ、目を閉じたまま最後まで終えたセックスは思ったよりも気持ちよかった。お互いにそうするという意思があったからだと思う。処理か睦み合いかの違いはあっても、結局合意の基にするのがセックスだ。カカシとしていたのはいったい何だったのだろう、いや、きっと初めからわかっていた。イルカの処理に付き合ってもらっているのだと。だからあんなにも辛いのだ。何の感情も持たない見ず知らずから与えられる施しを心地良いと思ってしまうほどに。
 カカシはやさしい。懐に入れた人間にはとてもやさしい分、厳しい面もある。女を抱いても構わないといったが男に抱かれるのはどうなのだろう。どうせ、何も思わないのだ。自分では相手になれない行為を外へ求めるという点で全く同じなのだから。
 金で買える相手ではなく町をさまよう人種を選んだのは、カカシへの当てつけだった。この嫌みが通じなくても、カカシがそう思わなくても、イルカは浮気をしたのだと思っている。
 まだ、俺の恋人はカカシだ。
 まだ。
「もう、無理です。あなたが抱いてくれないからと言えばずるいのかもしれないけど、俺はもう耐えられないから」
「…俺が好きなんでしょう。あんた、俺のもんだって言ったじゃない」
「言いましたね」
「だったら!」
 耐えろ、と言うのか。酷く傲慢な命令を聞くつもりはない。睨み付けてくるカカシの瞳に痛いほど見据えられる。男色でもないのに男に惚れ、男の内側など知りたくもないのに味合わせた、それはイルカの罪だと訴えられているように感じられた。ここへ来て別れるとはどういうことだ。考えた末にイルカを選んだのは、イルカが請うたからだというのに。イルカにだけ聞こえる言葉が次々に耳へ入ってくる。
 あぁ、それに関してはごめんなさい、でも、
「…もう、駄目かなと思っちまいまして」
 だから別れましょうと言葉を継ぐ前に、カカシの指先が目元に触れた。涙に濡れて乾いた後の、かさついた部分を撫でられる。愛撫ではないそれにも欲情するのを押さえ込んだ。
「………泣いたの」
「はい?」
「…あんた、抱かれて泣いたの」
 心臓が止まるかと思った。別れの言葉を告げるより前に呼吸ができない。背中に何か凍った棒を付き入れられたような、冷えて筋肉がぎゅっとなる嫌な感覚。
 殺気でもないそれはカカシからこちらに向けて放たれていた。一瞬にして広がった怒気が全てをこの場に縛り付け、支配者は薄く笑った。
「へぇ」
 いっそ無邪気な声で呟くと、カカシは動かすことのできない身体を床に転がし、躊躇いもなく性器を押し込んできた。
 潤いのないそこをこじ開けられる痛みよりも何よりも、何の刺激もなかったはずのカカシが怒りのせいか今まで見た中で一番張りつめていたことのほうが強く心に残ってしまった。

 散々に揺さぶられてカカシが中に注ぎ込むと、よくわからない行為は終わりを告げたらしい。脚の間、脱力して座り込んだカカシの顔はうつむいていて分からない。抱え上げられていた脚はずるずるとカカシの縁に沿って落ち、やがて床に落ち着いた。もう力が入らない。
 ぼんやりと天上を見上げていれば、小さく呻きが聞こえて意識を引き戻した。なんだろう。自分が呻いていないなら、呻いたのはカカシだ。
「…、なさ」
「…………」
「…ごめんなさい」
 カカシは大きな手のひら二つともで顔を覆っていた。あぁ綺麗な髪だ、綺麗な指だと思うのは場違いだと分かっている。謝っているのは無理に挿入されたことで血を流したからだろうか。カカシから与えられる快感に途中からはすっかり忘れていたが、気づいてしまえばじんじんと痛みを自覚することになる。鼓動がその場所でも感じられてなんだか変だ。
 欲の終わりを迎えると途端に我に返るカカシはやはり自分と同じ男だな、と頭の片隅で思っているうち、カカシがぽつりぽつりと語り出した。
「あんたが好きです。抱くコトなんて考えられなかったけど、おかしいと思ったけど、あんたが好きです。…あんたの望みをわかっていてほんのちょっとしか叶えないのに、それでも俺と過ごしてくれるあんたを見るのが楽しかったんだ」
 ひどい男が吐くひどい言葉。
「それだけ俺を好きなんだろうって。ゆがんでるのは分かってます。でもこんな風に思ってるのもあんただけなんだ。二人で寝てるとき寝ながら泣いてるの知ってた?俺は、あんたが辛いのは嫌だけど俺のために辛いのは、俺は」
 はぁ、と大きくついたカカシの溜息は自らの精で濡れる腹の辺りを撫ぜ、鼻孔へ独特の香りを運んで来る結果になった。
「俺で抜いてるときも泣いてるみたいだったし。…あんたが俺以外で泣くなんて嫌だ。その顔を他の奴が見るのも嫌だ。…かーっときて、俺以外に泣き顔見せたんだって。セックスで泣いたの、俺は見たことなかったから。もう、何をどうしたのか頭に血が上ってあんまり覚えてないけど泣かせたのはわかります。…俺は嫌な男でしょう。最初は結構気軽にあんたと付き合いだしたのにね。どんどん嵌ってるもの…あんたに都合だけ押しつけてるのに」
 やさしい男が吐くひどい言葉。
 うれしいと思うこと自体もう狂ってしまった証拠の気がする。
「あんたが望むように、抱けないのに」
 大馬鹿野郎。
「…っ、ふ、は、はははははははははっ」
 突然笑い出したのについてこれないらしく、カカシが涙のたまった目を見開いてイルカを見つめている。ひどく幼いその表情には普段の生活でもたまに見かけるものだ。つまみ食いがばれたりした時に現れる素の表情。
「…や、すいませ、いてて」
 笑いの振動でまだ繋がっている部分が捩れて痛みが走る。大慌てで気を遣いながら引き抜くカカシに合わせて息を吐き、長い間内部を占めていた質量が去っていった。
「抱けないのに、って。今俺を抱いたじゃないですか」
「今のは!ただの暴力で」
「いえ」
 そんなことはない。
「だって俺はうれしかったから。どんな形であれ抱かれたのはうれしかったんです」
「せんせ」
「それにほとんど覚えてないって言っても、ゼロじゃないんでしょう?あなたの身体と精神が、俺を抱くのを拒絶しなかっただけでもう…十分です」
 イルカと認識すれば嫌がるだろうから、視界を封じていたのに。
 しっかりとこちらを見据えて、怒りで睨んでいても、イルカを見ていたから。

「俺はうれしかったんですよ」







 コトの顛末を語ればイルカとカカシは別れていない。別れ話がどうなったという決着を付けたわけではないが、もう二人とも触れない話題だからだ。相変わらず睦み合う閨はない。
 それでも自分をさらけだしたことで気が楽になったのか、カカシはもう少し砕けてイルカに接するようになった。その気安さはうれしいものだ。逆に今まで気を遣われていたことがすこし寂しい。できた人間を見る目でカカシを見るから気負わせてしまったのかと後になってから反省した。今では多少の我が儘を見せるカカシの方が断然好きだからだ。
 イルカの処理、に当てられる二人の時間は少しだけ増えた。愛撫ではないもののイルカに触れてくることも増えた。目隠しを取りたいとカカシが言うけれど、この間のような特殊な状況下でもないのに見せてしまえば途端に萎えられてしまうのが怖くてまだ首を縦に振ってはいない。
 …恥ずかしいという思いもある。正直なところ、少しだけ。
「カカシさん、風呂お先でした…カカシさん?」
「あ、はいはい。いただきますね〜」
 そして。
 今みたいにカカシがこちらを見るようになった。あたたかい視線を感じ振り向いた先に笑顔があるのは今に始まったことではないが、それとは違う。
 風呂上がりだとか、着替え中だとか。肌が露出する時。
 欲が込められているとまでは自惚れていないけれど、意識はされていると思うのだ。
 自意識過剰かもな、と喉で笑ってイルカは冷蔵庫から缶ビールを取り出した。この先どう転がっていくかカカシにも自分にも想像はつかないが、少なくともイルカはあの時カカシが見せた独占欲に縋ってこの恋愛というものを追っていくのだろう。不可能ではないと知ったのだからカカシがいつか求めてくれるかも、という儚い期待ぐらいは抱いてもいいはずだ。
 拒否されない限り、ただ触れるだけの指先が愛撫になるようばれない程度に教え込んでいってもいいだろうし。
「…上忍を俺好みに育てるってか」
 風呂で体内から抜けていった水分に変わり、アルコールがくだらない妄想を浮かばせる。今の処理は、果たしてセックスと呼べるだろうか。イルカにはわからない。

「まぁ、好きだからな」

 白い肌を赤く染めて戻ってくるだろう湯上がり上忍のために、カカシ専用のミニジョッキを冷凍庫に放り込む。自慰とカカシとの行為は快感が違うから、今度あの視線を思い返してしてしまうのだろうなぁと思い、まぁ好きだからな、再度呟いた。

 とりあえず。
 好きには変わりないのだ。












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初出/20050109/「青春days」

プロットもどきは数行で妙にノッて書いた話。妄想万歳!!
書くの(多分)遅い方なんですが一晩とお昼で書き上げました。
多分オフでははじめてまともに書いたカカイルです。