好きだって言ってんだろ、馬ー鹿。


















『繰り紐』

 





「それじゃ、さよなら〜」

 ちゅ、と軽いキスの感触。頬とも唇とも付かない場所へ。
 下げた口布を自ら引き戻す白い指先。

 夜に熔けていくコイビトの姿を玄関の壁にもたれながら見送り、イルカは闇に浮かぶ指先を脳裏に思い返して身体を震わせた。

「…やばい」

 腕を組んでいた体勢から、深く滑らせて自らを抱いてみる。
 ぎゅう、と押しつけてはっきりわかる熱の上がった身体。

 ――欲情してる。

 思わずついた溜息までも濡れていて嫌になった。














「好きです」

 そうカカシに告白されたのが一月と少し前のこと。

 酒の上での冗談や、友人としての好意。
 そんなものとして誤魔化すことができないほど真摯な感情をぶつけられてイルカは戸惑った。

 口布を下ろし額宛を取った上忍が何をするかと思えば、告白。

 こどものように素顔に見とれ、現実逃避しているイルカへカカシは酷く穏やかな笑顔を向けて、考えてください、と言った。
 断るならそれでもいいから。そういう関係になってはもらえませんでしょうかね?今すぐでなくていいから、考えて、答えを出してください。

 あの顔でそんなことを言われてしまえば頷くしかないと思う。

 猶予期間はイルカの手に委ねられたが、その間のカカシは見事に常通りだった。
 いや、イルカが気付くまいとしていた熱っぽい視線などは告げてしまった気安さでか、あからさまに感じたが。

 好きです。
 大事です。
 ねぇ?

 言葉ではなく態度と空気で告げられる想いは相当恥ずかしい。
 想いが通じている恋人同士ではそうでもないだろうが、一方的に与えられる感情の愛撫はイルカの頬を染めまくった。

 だから返事をしたのはこころが決まったというよりも耐えられなくなったというのが正しいかもしれない、と今では思う。


 告白から一週間経つか経たないか、何度か訪れたことのある飲み屋で杯を傾けていた時のこと。
 とりあえず、とイルカは切り出した。


「…カカシ先生、俺、中忍ですから」
「なんですか唐突に。知ってますよそんなこと」

 中忍で、アカデミー教師で、ナルトが大好きで、デショ。
 からからと笑って熱燗を注いでくる。
 小さく頭を下げてから一口含み、続きを零した。

「だから、閨の任務もまぁ経験があります」

 一瞬だけ、背筋が凍るような気分を感じた。
 が、あまりにも短い間だけだったので気のせいかもしれない。
 もしくは。
 カカシが動揺すればいい、とこころのどこかで思っていた自分の錯覚だろうか。

 すぃ、と弧を描く青灰の瞳。

「なぁに、だから俺とは付き合えないとか言うワケ?」
「まさか」

 くくく、と喉を鳴らす。
 カカシ先生みたいだとナルトに指摘されたのは最近のことだ。
 生活の何をとってもカカシを思い出すようになっている。
 結局、自分は。

「別に男色ってんじゃないですが、ああいう戦場で人肌を求める気持ちはこっちだって同じです。いや、そうじゃなくてですね。俺、そういう時あまり感じたことがなくて」

「誘ってるみたいな台詞だねぇ」
「そういうワケじゃないんですってば。ちょっとだけ聞いててください」

 茶化している合いの手が少しの恐怖を避けているためだと思うのは傲慢だろうか。
 きっとカカシは気付いている。
 この話の後、答えを告げようとしていることを。

「一度だけやたらに感じたことがあります。相性の問題なんですかね?前線で、酷い戦いでした。毎日血みどろで…そんなときにテントに引っ張り込まれて、」
「そいつが忘れられないとでもいうの」

 遮られた言葉の輪郭は酷く鋭いものだった。

 ふ、と口の端が歪むのを感じる。
 目の前の男はどれだけそんな任務を繰り返してきたのだろう。
 自らの経歴を卑下したことなどないが、こちらは数えられるばかりだ。

「――やはり、覚えてませんか」
「え」
「忘れられないのか、と聞かれればそれはその通りです。――貴方に抱かれたことを俺は覚えている。忘れられない」

 味わったことがないほど酷い、気が狂いそうな戦場で、閨に引きずり込まれた時は殺されるのかと思った。
 それなのに、けして優しくはなかったけれど与えられたのは熱。
 生きていることを感じるためそれに縋り付いた。
 醜いと言われてもいい、生きたい、生きたい、その一心で。
 手酷いことをする上官もいる中でイルカを抱いた暗部はひたすら熱の昇華だけを求めてきた。

 味わったものは極上の快楽。

 最低限の準備があっただけでもあの状況では破格の扱いに等しい。
 常ならば直接性器を嬲られても違和感と痛みで反応が鈍いというのに、ただひたすら喘いだのを覚えている。

 カカシが覚えていないのは無理のないことだろう。
 そのことを責めるつもりもない。暗部時代の彼ならそれが日常だっただろうから。
 縋り付いた自分が弱者だっただけなのだ。

 暗部面を着けたままでの情交でこちらの顔などろくに見えなかったことだろう。
 仮面の向こう側に銀髪を見たのを覚えていたからカカシだとわかっただけだ。
 木の葉で他に銀髪の忍びは存在しない。

「後で、貴方だったのだと知りました。だから実は春に会ったのが最初じゃないんですよ。俺は貴方をあの時から見てるから」
「……」
「きっかけはまぁ、そんなものですけど。でも、ぼんやり憧れてたんです。どうせ近づくことはないだろうからと思いこんでて」

 そうしたら貴方、ナルト達の担当になるじゃないですか。
 しかも気さくに話しかけてくれて、話すの楽しいし。
 幾ら俺でも本当に初対面ならこの幾月かでこんなに仲良くなれませんよ。

 杯を呷り、手酌で満たしてからカカシのまだ半分ほど残っているそれにも縁ギリギリまで注いだ。いつもならすることのない行為。

「誰でも、ずっと、漠然と好感を抱いていた相手に告白されりゃ嫌な気はしないでしょう?勘違いかもしれない。だからどうしていいからわからなくて、貴方のいう通り考えていたらこんなにお待たせしてしまいました」

 ずるい言い方をすればもっと前から。
 決めた後に漸く出発点がわかるのはしょうがないことだと思ってくれる?

「好きです。カカシ先生が」


 口を噤んでいたカカシがふいに額をこちらの肩に当て、身体を預けてきた。
 くぐもって聞こえてきた「有り難う」の言葉に笑ったのはもう一月前。
 初めて唇を重ねたのもあの夜の帰り道だった。






 もう一月。
 それなのに、今も未だ唇以上の接触などない。
 言いきったものの少し不安があったカカシへの想い、そちらはどんどんと育って今じゃ無視できない恋情になっている。

 やわらかくもない男の身体を抱き込んだり、軽いキスは幾度も。
 それなのに。

「馬鹿野郎…」

 自室でベッドに背を預け、床に座り込む。
 何となく手を出さない理由は感づいている。
 でも、それは。

「好きだって言ってんのに」

 告げたのは告白の時だけではない。
 二人で過ごす日常の端々に伝えている言葉。
 そしてカカシに伝えられている言葉。

 それなのに。

「…ちっくしょ」

 手が頬を撫ぜる度に叫び出したくなる。
 唇が離れる時の僅かな吐息にも身体が震える。
 好きな相手に反応しない方がおかしい。

 今日はあからさまに誘ってみたというのに。
 泊まっていきませんか、と。明日カカシに個人任務がないことは確認済みだ。
 なのにやんわりと断られた。
 繋がりたいと思うのは自分だけなのだろうか。
 あんなにも欲情した視線を向けてくるのに。隠し切れていないものを。

 抱かれたことがカカシを意識するきっかけだったけれど、あれはあれで過去のことだ。
 恋人として己を辿る指先はどんな感触がするだろう、想像だけで昂ぶる身体。
 そのまま自身を慰めたことさえある、

 それなのに。


「馬鹿野郎…カカシの馬ー鹿」
「ごめんね」

 感情のまま、目尻から零れた涙は頬を辿る前に現れた指先が掬っていってしまった。
 白い指先。いつも手甲を嵌めているそれを家では外している。
 その白さに初めて見た時にはどきりとしたものだ。

「カカシ先生」
「ははは、なんで泊まるって言わなかったのか後悔したら戻って来ちゃいました」

 もう一目だけと思ったんですけど、そしたらイルカ先生泣いてるし。

「不法侵入ですよ」
「合い鍵貰ってるのに?それよりさっきみたいにカカシって呼んで下さいよ。すごい、うれしかったから」

 言いながら膝を付いて視線を合わせる。
 額宛はしていなくても口布はいつものままだ。
 やがて被さってきたカカシはぽろぽろとしゃくりあげもせず零れる涙を吸い上げ、ちゅ、ちゅ、と幾度か頬に口付けて離れていった。

 唇に触れてくれたのは最初の一度だけ。

 さらさらと照明の光を透かして揺れる銀髪が綺麗だ。
 こんなに綺麗ないきものなのに、どうして自分など抱けたのだろう。
 満面の笑みで己の名を口にするひと。

「イルカ」

 言葉ひとつで。
 たったひとつで熱が上がる。

 こんな自分を馬鹿だと言うなら好きにするがいい、ただカカシだって相当の馬鹿だ。

「ねぇ」

 何か紡ごうとした唇を布の上から一度塞ぎ、それから瞼にキスを落とす。
 綺麗に縁取る睫毛を舌で感じ取り、頬骨に上の歯を押し当てた。

「イルカ…」

 薄い頬の肉を梳くように滑らせればすぐ布地へと辿り着く。
 じう、と唾液を含ませた舌を布の舌へ滑り込ませて、届くだけの僅かな面積、その部分の布がびちゃびちゃと濡れそぼるまで舐め回す。
 舌を引き抜けばとたんに温度を失った布が冷たさをもって下唇へ触れていた。

 目の前、焦点が合わないほど近い肌が綺麗だ。
 薄く染まっているのに途方もない愉悦を覚える。

 当てたままだった歯で濡れた布を噛み、焦らすようにゆっくりと引き下ろした。
 
 
 あらわれたこの造形が快楽に歪む様、以前は見ることができなかったそれが見たい。



 だって好きだ。


「あんたは本当に…俺がどれだけ想ってるかなんて、知らないんでしょう」

 頬に吸い付き、咥内に招き入れた肉を味わう。舌を這わせる。甘く噛む。
 ぺろりとカカシの口の端を舐めれば薄く開いた。
 イルカの舌を招き入れるでなく、言葉を発するために。

「だって、身体の相性とか言うから。抱いたら、終わりになりそうで」

 もし期待に沿えなかったら別れられちゃうとかね?

「あんたは!!」

 慟哭ともとれる叫びが広くない部屋に響いた。
 目がまた潤むのがわかる。

「だからっそれは、あんたが俺の「好き」を信じてないからでしょう!確かにあんたを知ったのは抱かれたからだけど、抱かれて感じたから惚れたわけじゃないんですっ」

 茶化して言うカカシに腹が立った。
 一言抱きたいと言えば幾らでも抱かれるのに。
 望みは同じなのに。


 俺が好きだと言ったその口で、俺を疑う言葉を吐くのは許せない。


「こんなに」

 ぐい、と腰を押し付ける。
 泣き言とカカシへの愛撫でもう滾っている自身。

 恥ずかしいことさせやがってこの野郎。

「あんたを思って、触って、それだけでこんなになってるのに。期待も何もないでしょうが…」

 耐えきれずに目を瞑れば、座ったまま腰から上だけをベッドの上に押し倒された。
 何事かと思う前に舌が滑り込んできて咥内を乱される。

「は、…っふ、あ」
「煽らないでよ、これでも、相当、我慢してきた、んだから」

 ずっと望んでいた熱さと生々しい行為。
 何度も角度を変えて貪られる。

「さっきのは半分は本当だけど半分は言い訳。アナタのこと好き過ぎて抱き壊しちゃいそうで。戦場のアレより我を忘れちゃいそうだもん」

 俺が乱暴なのは経験済みでしょう。
 抱いたら多分とまんない。
 というか。
 セックスだけじゃなくて、他の色々なものもね。

「いつか耐えきれなくなるとは思ったけど、こんな、勢いだけで抱くのはやめようと思ってたから、だから、もっと後で、大事だから、」

 身体をいいように弄りながら続く言葉を再度口付けで塞ぐ。
 もういい、今、貪ってくれるならそれで。

 キスだけで果てそうだ。


 ベッドの上に引きずり上げられ、性急に服を剥がれる。
 背中を持ち上げられて上着に首を通す。
 慣れた所作は女相手にしていたものだろうな、と思えば少し笑えた。

 今は女じゃなく、こんな己を抱こうとしているのだ。

 過去には綺麗な女を抱いたことがあるに違いない。それが一般的であるし。

「何、楽しそうに」
「ひっ…、ィ、いえ、ね…ん、ちょっと、」

 乳首を口に含まれて腰が震える。
 本格的に動けなくなる前に、とちらりと脳裏を掠めたことを実行に移す。

 痺れているように言うことを聞かない身体。
 何とか体勢を入れ替えて上から幾度も口付ける。

 首筋を辿り、鎖骨を辿り、上腕を伝い落ちる。

「は」

 胸をいくらか弄った後に舌先で腹筋をなぞり、鼻先を下生えまで運べばカカシが焦った声を出した。

「ちょ、イルカ…んんっ」

 有無を言わさず立ち上がっていた性器を口に含む。ぎゅ、と目を瞑って頬を染める様が可愛らしい。

「後に戻れないようにしとかないと不安です、から」

 本当は味わってみたかっただけなのだけれど。

「そんな…、あ」

 止めようとしてかイルカの髪を乱したカカシの指先はたよりなく縋るだけになった。
 まさか初めててこんなことになるとは思っていなかったのだろう。
 それでなくともカカシはまだ身体を繋げるつもりはなかったようだし。

 戦地でしか経験したことのない味が今は愛しい。
 知っている限りをつくして追い立てる。

「イルカ…っひ、…ふっ」

 じゅるじゅると音を立てて啜れば、時折いいところを刺激しているのかカカシが息を飲む。それだけで嬉しい。

「…、は、…イルカ、もう」

 放せ、と頭を撫でる手のひらが力を持って押してくる。
 まさか放せるわけないだろう。
 まったくカカシこちらをわかってくれない。

「イッちゃう、から………、んっっ」

 舌を尖らせて先の孔にぐりぐりと差し込んで。
 独特の感触と熱を持つ肉に舌先を囲まれて、そのまま唇でくびれを同時に掻けばどくりと吐き出された。
 口の中から鼻に抜けるいやらしい匂い。

「…っく…」

 こくり、こくりと二度に分けて飲み込む。
 まだゆるく硬度を保つそれにちいさく口付けて見上げれば、欲に濡れきった表情でカカシがこちらを見下ろしていた。

「……今ね、ものすごくいやらしい顔してますよ、アナタ」


 どっちが。
 そう反論しようとする前に再び組み伏せられる。








「煽ったの後悔するぐらい、俺が覚えてない前のセックス忘れちゃうぐらい、感じさせてあげる」

 うっとりと恍惚の表情で傲慢な台詞。
 囁かれるそれに目眩を覚えながら背中に手を回した。







 繋がらずに手に入るものがあることは確かなのだけれど。

 こんなことでしか手に入らないものがあることも確かなのだ。





 粘りけと生臭さの残る口で幾度も舌を絡め合いながら大切な熱を抱きしめる。
 揺さ振られ、イルカは絶えず歓喜の声をあげてカカシを絡め取った。







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初出/web企画「イルカ先生ご奉仕企画」様投稿

泣こうがわめこうが襲い受。襲い受が大好きです。
普段あまりカカイル企画に参加しないので意を決して投稿したわけですが、
カウンタ周りがいきなり当時の2.5倍ぐらいになってカカイルの力を見せつけられました。
おおおおおそろしや…! イルカカ人口増えないかな〜