※白と再不斬さん
※未来話なのでそういう意味ではパラレル
※なんだかんだといいつつ波の国編は良作かと
 

 

 

 

 視界の端に流れた黒が何なのか、情けないことに瞬間で判断できなかった。

「すみません。情けないところを見せました」

 そんな白の声が耳に届いてから、どさりと肉の塊が地面に崩れ落ちる。次いではらはらと落ちていくのは肘から指先程、そんな長さの黒髪だ。

「……いや」

 白も特に返事を必要としてないだろう呟きに音を返して、再不斬は地面に散らばるそれを見た。そしてゆっくりと視線を移動させ、白の顔を見る。
 小さな頃から育ててきたのだから見飽きてもいい程自分の傍らにあったそれは、どうでもいいことだが嫌みな程整っている。美少女と見紛うばかりの容貌は流石に誰もが男とわかるそれに変化していたし、目線もほとんど変わらなくなってしまったが、それでも喉元や肩等の線を隠せば暗闇でなら騙せそうだ。
 ただ何も加工しなければ相当の美青年、に違いない白の顔、その片側の髪は耳の辺りでばっさりと一房が落とされてしまっていた。

「行くぞ」
「はい」

 促せば白は残る髪もおざなりに切り落とし、足下の死体と一緒に術で焼いた。焦げる匂いはひどく鼻についたが、再不斬は特に何かするでもなく歩を進めた。もう夜が深い。離れたところで野宿をすることになるだろう。

 育て上げた白は何よりも有能だ。
 ざんばらな髪のゴミのような子供を随分と久しぶりに思い出し、白の拵えた夕食を啜る。埃にまみれていた髪は暮らすうちに光を取り戻し、特別な手入れをしていなかったのに黒々としていた。もう数えるのがおっくうな程傍に居る白の、髪が短い姿というのは出会いの時ぶりではないだろうか。
 空いた皿を地面に落とせば白がそれを片付け出す。特に会話がないのもいつものことだが、手早く片付けを終えて自らの髪と格闘し出した白を見て思わず声が出た。

「おい」
「なんでしょう」
「貸せ」

 言って白の背後に回り、手にしていたクナイを奪った。どうにか髪を整えようとしていた白は珍しく身体を揺らした後でありがとうございます、と笑う。
 さり、とクナイの刃で削がれていく一房一房に、ともに居た年月を否応がなく突きつけられ、再不斬はどういう感情のままかは深く考えずに口の端を歪めた。別に出会ってから今まで、白が髪を切らないなど願掛けめいたことをしていたわけではない。いつも同じような長さで適度に手入れされてたし、それは白に似合うものだったから深い意味もなかったのだろう。
 鬼人等呼ばれた自分の身体にも大分ガタが来ている。なんともない程度の敵に一瞬だけとった遅れを補ったのは白で、その代償が髪の一房だった。白がもし補わなくても再不斬の肌のどこかにほんの一筋、紅い線が生まれるだけだったのに、それを許さなかったのはおそらく白自身だ。
 さり、さりり、と髪を削る音に、夜鳴きの様々な音が重なる。焚き火は揺らめいて不格好に重なっている二人の影を夜に投げていた。
 つむじを見るのも久しぶりだ、と思いながら再不斬はクナイを白の足の間に落とした。成長しても白く傷がないままの白の手が、随分と短くなってしまった自らの髪に触れる。白は確かめるように手のひらを何度か動かした後、振り返って酷くうれしそうに笑った。

「ありがとうございます、再不斬さん」

 控えめに全開な、ある意味で器用な表情はとんでもなく整っていることすら忘れさせるほど「普通」な男の顔だ。短くなった、街に出れば何人でも同じような長さを見つけられる髪型になったのも大きな原因の一つだろう。
 正確に知っているわけではないが、おそらく白はもう父親が白を授かったときの年齢を超えている。こんなに普通に見えるのなら、誰かと子を抱いている姿もきっとしっくり見えるのだろう。白は。

 ごろりと横になれば当たり前のように毛布がかけられた。
 再不斬が考えたことを白が知るわけはない。そしてこれからも終着点のない旅路は続くのだろう。再不斬が変わることはないだろうし、判断は任せているはずだがおそらく白が変わることもない。

 おやすみなさい、再不斬さん

 人生でもっとも多くかけられている言葉のひとつを今日も一日の最後に聞いて、再不斬は瞼を下ろした。





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20080209


成長後短髪白っていいじゃない、親父受け小鬼ちゃんでもいいじゃない。
髪を切る描写はえろいはずですが、そこに年月を感じるのもありじゃないかと。