※生徒カカシ×女イルカ先生再び

 

 

 

 

 ざああ、と葉擦れの音が響いてイルカは手元のプリント類を押さえた。細く開けた窓の向こう、緑の濃い葉が枝から千切り取られる勢いで風を受けている。

「雨かな」

 デスクワークに熱中しているうちに空は厚みのありそうな黒い雲を運んでいる。窓を閉め、廊下の方も占めるべく準備室を出たところで稲妻が駆けた。

「……」

 みどりともむらさきともきいろともつかないけれど白いひかり。
 単純にきれいだ、という感想をもったところで腹に響く轟音が響き渡り、大粒の雨が瞬く間に地面を濡らした。重なるチャイムが昼休みを告げる。
 この豪雨じゃ外に食べに行く生徒は少ないだろう。一応禁止されているがほぼ黙認となっている事実を思い返し、食堂が混む予想など簡単についてため息をついた。こんなことなら教師の特権を生かして三限のうちに食べておくんだった。そう後悔しつつ白衣を脱ごうとしていたイルカの後ろで聞き慣れた声が名前を呼ぶ。

「うみのせんせー」
「あぁはたけ?すごい雨だな…ってあんた!」

 いつも通りに菓子パンを抱えた銀髪がそこにいるかと思えば、びっしょりとはいかずとも髪の毛がぺたりとなる程度には濡れている生徒がひとり。

「どこ通ってきたらそんなんなるんだか」
「いや、俺さっき体育だったから更衣室から庭抜けてこようとしてたんですもん。渡り廊下より全然近いし。そしたらちょうど移動中にざーっと」
「いいからそこに座る!風邪ひいたらいけないでしょ」

 ひょろりと長身の体躯を無理やり座らせてそのあたりにあった私物のタオルをつかむ。温かくなってきたとはいえ濡れていれば冷えるのは当たり前だ。大事な生徒に風邪を引かせるわけにはいかない。

「いいよせんせ」
「よくない」

 頭にタオルをかぶせて強い力でかき混ぜる。こちらを向いて椅子を回転させていたものだからカカシは机に背を向ける形になり、手にしたパンを置くこともできないからかしきりに身をよじっていた。その顔はタオル遮られて見えない。

「や、マジでだいじょぶです」
「濡れっぱなしで昼食べるわけにもいかないだろ。いいからおとなしく拭かれてなさい」

 布のこすれる音、パンのビニル袋が鳴る音、カカシが体を動かすから軋む椅子の音、外からは強い風のうねりと雨粒の訴え。
 何が原因か部屋の蛍光灯がちかりと一度瞬いた。

「……、も、いいから!」

 瞬間イルカはその声が目の前の生徒が発したものだと認識することができなかった。見えている生徒は確かにはたけカカシで何度もしゃべったことがあってなんだか懐かれていて、今はタオルで顔が見えないけど、ほんとうに今のははたけカカシの声か?
 口元が動いたのが見えなかっただけでこの部屋には2人だけなのだから、イルカ自身でなければカカシでしかない。
 一瞬固まってしまったと思ったのはイルカだけだろうか。
 カサ、とビニルが鳴った。
 パンが一つ床に落ちたのだ。拾わなくては、と条件反射のように考えたときにはまだカカシの頭に添えられていた側の手を引きはがされた。パンが落ちたのはカカシが手を動かしたからだ。

「ありがと、せんせ」

 手首を掴んだカカシの手はすぐに離れていき、タオルはカカシの頭にそって滑り落ちその肩へたまった。イルカに向けられたふにゃりとどこか頼りない笑顔は、女生徒に称される美貌もイルカとしては幼いものに感じてしまう原因にもなっている、いつもカカシが見せるものと変わらない。


 これは、はたけカカシだ。


「どういたしまして。コーヒー入れてあげるから服も拭いておくように」
「ありがとーございまーす。んじゃおれいにチョコスティック一本あげますね」
「そりゃどうも」

 やかんを火にかけていると、休み時間には乾くかな、とかそんなカカシの独り言が机越しに聞こえる。いつもと変わらない調子だ。さっきのは錯覚だったんだろうか。

 まぁ難しい年ごろだから小さい子供にするようなことをされたのが恥ずかしいのかも知れない。思春期だからなぁ、とイルカはどこかくすぐったい気持ちで喉を鳴らした。こんなことを考えていると知られたらカカシには猛反発されるだろうけれど。
 バレないように笑いながら捕まれた手首を見た。もちろん跡が残っているだなんてことはない。ただ、手首といっても少しだけ肘側を掴んだカカシの手が、いとも簡単にこちらを包んでしまったことを思い返す。
 その大きさと皮膚の固さは紛れもない「男」のものだった。

「あたりまえ、か」

 つぶやきに反応したのかカカシが机の向こうから顔だけのぞかせる。

「どしたのせんせ?」
「ん?や、なんでもないから」

 ともかく今はカカシをあたためてやることが先決だ。
 水切りからマグをふたつ取り、そしてさらにふたつ取り出してからコーヒーの瓶を取りに狭い部屋を移動した。きっともうすぐ同僚もこの部屋まで戻ってくる。これぐらいのサービスなんてことない。

 ふと窓の外を見れば既に雨は上がり、名残を滴らせる深緑の葉がぐったりと光を反射させていた。

 


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20070513


ありえないと思ううちは本当に「ありえない」わけでして。
高校生は中途な時期なので、是非カカシ君には暴走していただきたいです(酷)