色合いに夕焼けの名残を残しているものの、薄暗い校舎は人気もなく寂しげだった。グラウンドは既に夜間照明で明るさを補っている。 そこから聞こえる掛け声や怒声、ホイッスルの音は薄闇一枚分遠い。イルカは意識の隅でそれを捕らえながら階段を二段とばしに駆け上がり、廊下を全速力で進んだ。日々鍛えているものの、五階まで止まらずに走り続ければ体温も上がる。いつもはきっちりと一番上まで留めているシャツのボタンを無造作にひとつふたつ外し、目的の扉の前で一度大きく深呼吸した。階段とこの部屋は長い廊下の端と端に位置する。通ってきた他の部屋に電気はついていなかった。 中がもし目的のひとだけなら、二人きりだ。 酸素を十分に取り込んだ後気づいたのはそんな単純な事実で、妙に気恥ずかしいような気分になる。いや、他の先生もいるかもしれないんだし、とよろこぶこころを押さえて年季の入った扉をノックした。 「失礼します」 どうぞ、と答えた声音に震えたのを知るのはイルカだけだ。 『ミューティション』 ぼんやり煙草をくゆらせながらカカシは天井を眺めていた。古い職員机に足を乗せても今は人目を気にする必要もない。同僚且つ先輩である他の教師はとうに帰ってしまったからだ。 金曜の夜は大抵こうなる。同室である教師のひとりは先月結婚したばかりの新婚だし、もうひとりは定年を控えた物静かな人物で、何かない限りいつも五時のチャイムと同時に部屋を出てしまう。お疲れ様、と穏やかな声で暇を告げて。 いつもこの時間は自分のために使う時間だった。だからカカシはこの時間この場所へ誰かを招いたことはなく、金曜の夜という気楽な時間をひとと過ごすときはこの部屋を出て自宅なり店なりで過ごすことにしていた。大体教員控え室、準備室だというところは誰かを招く場所ではない。質問のある生徒が来るのも放課後数十分の話で、妙に効率の良い生徒達は大概休み時間に質問を済ませてしまう。部活動やアルバイト、生徒は生徒なりに忙しいのだろう。 忙しい生徒、と思い描いてカカシはそれがうみのイルカだと気づいた。他にも忙しそうな生徒は思いつくはずなのに、担当していたのは去年度の授業だけのはずなのに、真っ先にイルカを思ったのは彼が所謂コイビト、だからだ。いや、最初にイルカ個人を認識したのが彼のバイト姿だったからかもしれない。 特になにかを信仰しているわけではないが、運命の導きというものがあるのならあれがそうだったのだと後になって思った。 金曜の夜、特に何をするでもない時間を準備室で過ごし、気づけば十時に近くなっていた。十時を過ぎれば警備員が見回りに来るしそれまでに鍵を管理室に返しに行かなければ。ばたばたと準備して校舎を出るとそこでようやく空腹に気がついた。がつがつと詰め込みたい気分ではなく、軽く飲んで帰ろうかと定期を使って途中の繁華街で降りる。騒がしい大きな店の端で飲んでも良かったが、なんとなく大通りより一つ奥深い通りを歩いて店を見繕った。ふらふらと進めば突き当たりは電車の高架で、高架下に並ぶ洒落気のない店にカカシは入った。 カウンターとテーブルが四つしかない小さな店で、常連らしい客と喋っている男がこちらを振り向く。いらっしゃい、と言った穏やかな口元と違い目が一度だけ大きく見開かれたのに興味を引かれ、初めてカカシは男を注視した。 肩までのざんばらな黒髪、横に細いフレームの眼鏡。よくよく見ればその下縁に沿うように傷が走っている。頬を横切るように一本の線。綺麗に筋肉がついた身体。耳にはちらちらとピアスが見え隠れしていた。傷さえなければどこにでもいそうな、ちょっとしたイイ男、だ。 長い前髪の隙間から睨むようにぶつけてくる視線に、瞬間カカシは得体のしれない衝動に駆られた。ざら、と背筋を細波のように駆け抜けたものは僅かすぎて錯覚かと思わせるほどだった。 こうしてじっと見なければ気づかなかったに違いないが、カカシは気づいてしまった。この男は、うみのイルカだ。三年生で、友人で同僚であるアスマが担任しているクラスの生徒。去年度の授業を担当したクラスの生徒。 ウチの学校の生徒じゃないか。 イルカよりもかなり遅れてカカシは同じ動作をした。大きく目を見開く。しかしその後はいつも通りに半眼の目で幾度か緩慢に瞬きし、カウンターの端に座った。 軽いものと酒を頼むとイルカも何もなかったかのように応対し、また常連との会話に戻る。相槌を打ちながらイルカが作った料理は中々の味で、数多くの要素を全て打ち消してもまたこの店に足を運ばせるほどのものだった。 イルカが仕事を終えたらしい頃を見計らってカカシも店を出た。煙草を一本吸いきる頃には当のイルカが出てきて「すぐ近くに公園があるんで」とだけ言って歩き出した。 約束なんかしていなかったのに、まるでそうするのが当然だと言わんばかりに従ってしまったのは何故だったのか。 ぽつりぽつりとイルカが話したのは親がいないので大学に行くため準備する金が必要だということで、特にカカシは何も言わなかった。自分も似たようなことをしていた記憶があるからだ。身体に気をつけるように、とだけ言えばイルカは黙って頭を下げた。 それからイルカはたまに学校でもカカシに話しかけてくるようになった。おかげでカカシはイルカのことを少しずつではあるが知ることが出来た。普段、項あたりで括っている髪はあのバイト中だけおろしているだとか、ピアスは高校に入る前から空いているだとか、バイトばかりで部活は出来ないけれど昔やっていた剣道をまたやりたいだとか。 漏らされる本音の一部はイルカを酷く幼く見せ、カカシは純粋にそれをかわいいと思っていた。 何かの折りに料理が話題になった。店で味わったものの思い返しながら褒めてみせるとイルカは照れて笑い、お世話になっているからとカカシを狭いワンルームに招待してくれた。無礼講だと少しのアルコールもとった。ままごとめいた秘密は気分を高揚させてくれるものだ。 カカシとイルカは八歳差ある。親子ほど離れているわけではない。教師と生徒にしては近すぎる関係だが、両親のいないイルカに「認めてくれる存在」として自分は必要なのではないか、とカカシは言い訳めいたことを考えていた。イルカはかわいい。あの空気は放し難い。それでもやはり近すぎるだろうか、と金曜夜の準備室で考えることがそれだけになってしまうことが何週間か続いた。 そして金曜の夜に出会ってから数ヶ月、珍しく金曜の放課後にカカシは体育館横の渡り廊下を歩いていた。滅多に使わないその道をたまたま用事で通っていると、隣接する道場との間に設置された水道に見慣れない姿をしたイルカを見つけた。初めて見る道着姿に声をかけるのを躊躇っているうち、蛇口の下に頭を突っ込んで無造作に髪を濡らしていたイルカがざばりと顔を上げた。 まだ成長期なのだろう、この数ヶ月の間に少し顔つきの骨っぽさが増したと思う。それは痩せぎすというわけではなく、しっかりした骨格が表面的になっただけだ。普段学校では見ることの出来ないはずの、肩に散る髪は水を滴らせている。 大きな両の手のひらで顔を覆い、そのまま顔に沿って上に滑らせる。 水気と張り付いた髪の毛を拭うためのその動作、次いで見える目を閉じた表情にカカシは以前と同じ衝動に再び襲われた。そして今度はその正体をおぼろげに掴んでしまった。 それは若干の、性的なものを含んでいる。 こちらの心情など知らず、イルカは視線で気づいたのかカカシを認め、にか、と笑った。満面の笑みをきちんと水を拭くため一度タオルで隠し、その後駆け寄ってくる。新作の料理が上手く行ったから味見をして欲しい、という笑顔が酷く純真に見えて、カカシは妙な罪悪感にかられながらも了承してしまった。そうしてイルカはその口でのたまうのだ。 「そういや、最初にはたけ先生が店に来たとき作ったやつ、ホントのレシピより手ぇかけてんですよ。俺、こんな風に話せるようになる前から結構先生に憧れてたから」 マスターにはナイショですよ、笑うイルカは可愛らしく憎らしい。 その晩イルカ宅で振る舞われた料理はやはり美味かったが、カカシはただ美味い、としかわからなかった。味覚が馬鹿になってしまっているようだ。 一番安い缶チューハイを飲みながら深夜の古い映画を見ていると、濃厚なラブシーンが画面に映った。赤くなって押し黙るイルカがかわいくて卑猥な言葉で煽ってやれば、涙目になって勃ってしまったのだろうものを隠している。いつもの自分ならばそこで笑ってイルカ宅を辞すものを、カカシはそうしなかった。そうできなかった。 ふらふらと引き寄せられるようにキスすればイルカの抵抗はない。酔っているのだとどこかで言い訳し、誘導して互いのものを刺激し、果てた。イルカが吐精する瞬間に小さく好きだと告げてきたことよりも、熱が去った後、テレビ画面にスタッフロールが流れていたことの方をはっきり覚えているのだからひとの記憶などいい加減なものだ。 そうしてカカシとイルカは恋人、という関係になった。 セックスは互いの手で刺激し合うことから始まって、夜を重ねる度いつの間にかフェラチオも平気になっていた。お互いを感じる手段というよりも、ふたりともどれだけ相手を気持ちよくできるかが優先されていたのかもしれない。いつかすることになるんだろうと思っていたアナルセックスに関して、カカシは特に役割を考えていたわけでもなく、先にイルカが抱きたいと言ったので了承した。若い恋人はこちらよりもいろいろ考えていたらしく、初めての体験のはずなのに慣らすことやら前立腺やらを知識として仕入れてきていたようだった。 イルカの体温を深く知ることが出来る以外にそれほどメリットのなかった行為は次第に快感を増した。カカシは身体が作り変えられることを知った。イルカに変えられることは不可思議な陶酔を呼び、その中でさらに快感は増幅してカカシを包んだ。今では後ろの行為だけではしたなく達してしまうほどに。 カカシ、さん 閨でしか聞けない声音が不意に蘇り、カカシは頭を振って灰皿に煙草を押しつけた。金曜の夜。この準備室でイルカと過ごすことは少なくないが、この時間招くのは初めてだ。だんだん長くなってきた日はしぶとく空に色を残し、夕食時に漸く夜の黒が訪れる。 もう一本煙草を、と手を伸ばしたところで控えめなノックが聞こえた。 「どうぞ」 ノックの主が誰かわかっているけれど、教師の声で答える。学校では教師と生徒で。そう決めたのはいつだっただろう? なにやら頬を染めて入ってきたイルカはいつも何かにつけ思わせてくれるように、やはりかわいかった。 こちらを抱く男でも。 「はたけ先生」 「違うデショ、イルカ?」 たったそれだけのやりとりでイルカはカカシの意図を正確に理解した。 それがなんともかわいらしく憎らしい。 「カカシ、さん」 「うん」 褒美代わりに頭を撫でて椅子に座らせる。自分は飲み物を入れに一度奥の給湯室まで下がり、コーヒーを持って机に凭れた。イルカが戸惑っているのはわかっているけれどやめてやるつもりもない。ブラックのコーヒーを渡せばイルカは小さく礼をいい、一口啜った。 「カカシさん、何かあったんですか?」 「別に、何もなーいよ」 わざと納得しないだろう答えを返して、スーツの上を脱ぐ。するりと肩から落ちるそれは背後の机にたまったようだ。ネクタイを弛め、一番イルカが好むだろう声音を作り出してカカシは耳元で囁いた。 「ね、イルカ。……シようか」 びく、と震えたのは驚きか快感か。カカシに知ることは出来なかったが、若いイルカをそう言った意味で操るのは容易いことだった。 「ちょっ、カカシさん?」 わたわたと抵抗するイルカを無理矢理椅子に止めたまま、顔中にキスを振らせる。膝の上に陣取り立てないようにして、ズボンの上から爪を立てて股間をかりかりと刺激してやればあっという間に張りつめ始めた。 「やっ」 ぐり、と一度手のひらで捏ねてからシャツを脱がせる。しつこいほど耳を舐った舌先で顎までの稜線を辿り、鎖骨へ痕を幾つか残していく。シャツのボタンを外す度、露出していく肌の部分を吸い上げては舌を押しつけて舐めあげた。指先は布越しに乳首を引っ掻いては押しつぶす。 「カカシさんっ」 悲鳴のような声をイルカがあげた。今日体育あったのに、そんなつれないことをいってカカシを引きはがそうとする。かまわないのに。こんなにいやらしい自分はそんなこと関係ない。むしろ咽せるぐらいのイルカの匂いをもっと求めて。 こうしたのはイルカのくせに。 卑怯な言いがかりをこころで呟くと、カカシは衝動のままにイルカ自身をとりだして咥えた。イルカとこうなるまでは施される行為でしかなかったそれ。ねっとりと舐めあげれば、一日分の汚れを纏っているだろう性器がぶるりと震えて硬度を増した。 最初は咥えることに抵抗があった。その次は口の中で漏れる先走りを飲み下す思い切りがなかった。だらだらと飲み込めず溢れさせるのはそれなりに相手の快感を増幅させるらしかったが。口に含むことは出来るのに、嚥下は酷く途惑うものだった。一度飲み込んでしまえば躊躇いはなくなる。精液ですら同じだった。粘つき咥内に貼り付くそれは、慣れると引っかからずに飲み込めるまでなった。 「カカシ、さっ、ぁ」 こちらの髪をまさぐるやさしい指先と感じている声。快感で寄せられた眉。まだカカシの異変を気にしているのかいつもより吐精に時間が掛かったが、やがてイルカは小さく呻いてカカシの口に白濁を注いだ。 こく、こく、と飲んで管に残る精液を吸い上げる。汚れた竿を綺麗に舌で拭い取るうち、イルカはこちらの意図に違わず萎えたものをまた勃たせた。 「ふふ」 笑いながら離れると、その息がまた刺激を与えたのかイルカの腰が震える。喘ぎに近い呼吸のままこちらを見る瞳が濡れていていやらしい。 「何ですか、急に…こんなの、カカシさん嫌いでしょう」 「うん、そうなんだけどね」 カカシは立ったまま机にもたれ掛かり、イルカと視線を合わせたままで胸元をはだけた。そして見せつけるようにゆっくりとベルトを外す。カチャ、と細かな金具同士が触れる音、イルカの座る椅子が小さく軋む音がいくつもこぼれた。 ざらついた音を立ててジッパーを下げる。ズボン自体はおろすことなく前を開き、とっくに固くなっていたものをさらけ出した。 「ね、イルカさわっただけで俺のこんななっちゃってる…」 視線が身体に絡みつく。外気に触れた性器はイルカの前にあるだけでさらに膨らみ、先走りを零すまでになった。ひくひくと揺らめいてきっともうすぐに果ててしまう。 「抱いてよ。もっと感じさせて」 俺が欲しいのだと、この愚かな俺に感じさせて。 揺さぶられる視界の中で、手に当たったプリントが落ちていくのを眺めていた。くちゅ、ぐちゅ、と繋がった部分が立てるいやらしい音がたまらない。 「ひ、あぁふっ…、うぅん」 一度目はそのまま前から繋がって果てた。後ろをいっぱいに埋められたままで性器を掻かれるとあっというまこの身体は達してしまう。いつもならコンドームを着けてする接触は、イルカも煽られてくれたのか、性急に繋がり粘膜に直接擦れていた。 「イルカ、イルカ…ぁ」 快感からか他のものからかわからない涙が頬を濡らす。咥内に入ってきた指が舌を掻き回し、その感触にまで震えてカカシはだらだらと涎を零した。口の端をべろりと大きく舐められても、この顔中どこもかしこも汚れている。こちらがイッても関係なくイルカは裡に留まり続け、じれったい抽挿を続けているのだ。 「やだ、いや、イルカっ」 最初のぎこちなさも、終わりの焦燥感もない快楽は普段ならカカシの好むものだった。それをイルカもカカシも知っているが、今欲しいのはそんなものじゃない。 壊れても良いから。この身体に教えて。 「カカシさん…」 「あ、あぅ、あ!」 ずくずくと要望に応えて激しく抜き差しされる。片足を抱え上げられていいところを突き上げられると簡単に絶頂が迫ってきた。 「カカシさん」 触れられずとも固く張りつめている性器を指の輪が握り込む。 「ひ、やぁ」 吐精を阻まれてカカシは腰を捩った。体内を行き来するイルカのものはまた緩慢な動作を繰り返し、それでも時折前立腺を刺激してこちらの息を飲ませた。 「やだ、いきたい、いきた…」 「…駄目です。なんでこんなことするんですか、理由があるんでしょう」 狂ったように身体をくねらせるカカシをイルカはどんな風に見ているのだろう。囚われものが足でイルカの腰を引き寄せ自分の腰を押しつけてくる。 「言わないと、いかせてあげない」 意地悪く戒めたままの先端を爪先で抉られ、カカシは絶頂に似た仕草で身体を痙攣させた。びく、と震えるその耳に口を近づけてイルカが吐息のように囁いてくる。 「学校では、イヤって言ったのカカシさんでしょう。何かあったんですか」 性感を煽るために焦らされたことはあるが、詰問のためにされたことはなかった。答えずにいると愛撫の手はどんどん執拗になり、固い肉の質感を教えるように抜き差しされる。内壁の上下を順に擦られて、いけない苦しさに新たな涙がこぼれた。 「泣かないで」 ちゅう、と下肢で起きている卑猥な自体を感じさせないほど幼い仕草で眦の涙を吸われる。あぁイルカだな、と思い、カカシは皮膚の内側一杯に暴れている快感のはけ口を求めてしゃくり上げた。 「イルカはいつかどっかに行ってしまうよ」 「どこかに?そんなわけないでしょう。なんでそんなこと思うんですか」 「…ひ、ぅ……」 「俺はカカシさんが好きなのに」 それは知っている。身体をつなげるようになってからは若いせいかよくイルカから求めてくるし、求められれば求められるだけイルカに愛されている実感が湧いた。それでも信用しきれないのはイルカのせいじゃない。自分が弱いだけだ。 八つの年齢差は大きいと思う。お互いに年を重ねた後ではそうでもないのかもしれないが、イルカはまだ未成年だ。言ってしまえば子供で。 頼るところがなかったイルカがカカシに懐いたのは多分、カカシがイルカを咎めることなく認めたからだ。自分が師と仰いだひとに認められてうれしかったように、イルカもうれしかったに違いない。認められて。イルカであることを許されて。 たまたま最初にイルカを認めたのがカカシであっただけで、こちらが最初に性的な欲求をぶつけただけで、イルカはただの情を恋愛感情だと誤解しているのかもしれない。身体を求めてくるけれど、それは今の時期にありがちな強い性衝動がなすのかもしれない。 結局は不安でたまらないのだ。 それほど、この男に溺れている。 「──あ、わかった。見てたんでしょう、昼間の」 びく、と思わずからだが震えてしまった。それを肯定と取ったのかイルカが男臭い笑みを浮かべてカカシの身体を反転させる。 「あ、あ、あ、ぁ!」 弾ける寸前だった性器は指先で弄られただけであっけなく吐き出した。 がくがくと震える身体は背中からイルカに覆い被さられる。自然に引き絞ろうとする内壁の動きに逆らって、中にあるイルカのものがぐん、と大きくなった。イルカが興奮している。 「かわいい」 いつもイルカに思う感想がイルカの口からこぼれた。背後から深く埋め込まれ、密着した状態で小刻みに奥を突いてくる。 「ひ、ぃ」 時折腰全体を回されると震えが全身に走った。 昼間。 単にイルカが告白されているのを見ただけだ。もちろん誠実な恋人は好きなひとがいるからと断っていたし、恋人だけに許された優越感を感じるべき瞬間だったのだろうと思う。 それでも急に不安になった。今までなら自分を騙し騙し鼻で笑っていた事実を突きつけられたようだった。イルカがもし誤解に気づいてしまったら、こんな年上の男など捨ててどこかにいってしまうだろう。 イルカと離れるだなんて考えられない。 感じた不安は解消にイルカの体温を必要とした。だからこんな、人がいないとはいえ今まで公私混同はするまいと避けていた準備室で交わっている。 「かーわいい。嫉妬?」 くすくす笑って背中に貼り付いていたイルカはいきなり乳首を抓りあげてきた。弱い場所に強すぎる刺激が加わって思わずのけぞるが、それはイルカの手が動くスペースを広げる結果にしかならなかった。わざわざイルカの唾液を塗された指先に、摘んで引っ張られて揺すられ、快感に嗚咽が漏れるとふっと背中が軽くなった。同時に腰を強く捕まれる。 「いつもだったら『あんな小娘より俺のが魅力的なオニーサマでしょ』とかいうくせに。…ホントに、俺には」 ずん、と強く突き入れられてカカシは甲高く喘いだ。 「あんたがいちばんだ」 わけがわからなくなるほどの快楽でいっぱいだった。何度もじゅぶじゅぶと突っ込まれていたと思ったら両手でぐっと尻肉を掴まれ、さらにイルカが割り入ってくる。掴んでいる指先が白い肉を遠慮なく揉んでくるのに泣き叫んだ。そしてまた奥ばかりを何度もしつこく突き上げられる。 「すき、…っ」 聞くに堪えない嬌声をあげているとどこかで自覚しながら、カカシはその言葉に震えた。 イルカは嫉妬だと笑うけれど、それよりももっと複雑でもっとイヤな感情。きっとカカシだけが理解できるもので、イルカにはわからないだろう。 「すきです、カカシさん、カカシ…」 耳朶を食みながら吹き込まれる言葉はどこまでも純粋で大切だ。 「あ、いく、いっちゃ、あ、んあっ」 容赦なく性感帯をイルカの先端で刺激され、カカシは波に逆らいきれずに達した。敏感な身体にイルカの律動は無遠慮にも続けられて、悲鳴を喉でつぶされながら泣きわめく。無理矢理肩越しにした深いキス、唇の中でイルカの呻きを感じ、同時に体内へ注ぎ込まれた熱さに意識が飛びそうになった。 ねっとりと、だんだんゆるくなっていくキス。その癖は自分が教えたものに似ていて、そんなイルカはやはり可愛かった。 少し前なら。 イルカが同世代の女に惚れて行ってしまうとしても、大丈夫だったと思う。貴重な体験したでしょう、だなんてからかって、大人の顔で、そりゃ少しは辛いけど対処できていたはずだ。 かわいいと思った。 好きだと思った。 こんな年上の男を抱きたがるイルカの心理は到底わからないけれど、どうやら自分はイルカに身体だけでなくこころも作り変えられてしまったらしい。肌を合わせると心を合わせるは繋がっていなくとも近いところにあるのだろう。 自分だけの金曜の夜へするりと入り込んできたイルカ。 あれから行ったイルカのアパートで身を寄せ合って眠る。こちらを散々に乱してくれた男はすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。 「気持ちよさそーな顔して…」 つん、と頬をつつけばふにゃりと笑う。年齢よりもさらに幼く見える笑顔。 きっとこの先ずっと、不安を抱えてイルカと過ごすのだろう。それはイルカを信用していないのと同じかもしれないが、しょうがない。それでも離れたくもないし。 「俺を変えた責任は取ってよ、将来有望な若人さん」 苦笑いしながら呟けばぱっちりと黒い瞳がこちらを見据えた。まっすぐ過ぎるまなざしは何故か痛いと思ってしまうほど。 「一生取りますよ、なんたって将来有望な若者ですから」 何故だか泣きたい衝動をこらえて、できちゃった婚のプロポーズみたいだと茶化してみれば、「俺、こないだ十八歳になったから」と真面目な顔で言われ。 性分か若さか、わからないまっすぐさが愛しくて憎たらしく、 やはりかわいいと思った。 了
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友人の笹本氏とイルカカで先生カカシ・生徒イルカ萌で書きました。
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