「イルカ先生」 ふ、と意識を引き上げたのはカカシの声だった。 見慣れた室内は薄暗い。それでも真っ暗でない夜明け前。 「俺もう出てくからシャワーしたいです。タオル貸して?」 ふああ、と大きなあくびをひとつして襟元を掻くカカシは、下着一枚であぐらをかいている。自分にだけかかっていたブランケットを滑り落としてイルカは狭いベッドを降りた。年季の入ったタンスからバスタオルを一枚出してカカシに手渡す。 「ありがと」 「いえ。…今日早いんですね」 それなのにじゃあなんで泊まったのか、とか。 タオルを出すところなんて何度も見ているはずなのにそれでも自分で出さないんだ、とか。 いくつかある疑問の答えをイルカが持っているはずはなく。 それでも予想なんてものはできる。 「んじゃお借りしま〜す。寝ててくださいよ」 「いえ、ラジオ体操行くんで、起きますから」 「夏休みだもんねぇ」 「今日は外勤ないですし」 へー、だなんて軽い言葉をぽつんと残してカカシが風呂に消えていく。 キレイに筋肉がついた背中を見送り、男の身体は綺麗だな、と純粋に思った。決して女では持ちえない直線が薄暗闇の中で肌に濃い影を落としている。 先ほどのカカシのようにベッドの上に座り込み、窓際の灰皿をたぐり寄せてタバコに火をつけた。 立ち上り消えていく白い煙。 灰皿の中に溜まった吸い殻と灰は昨日寝る前に吸ったもの。 寝起きで乾いた口内に独特の味が張り付くのを意識の隅で感じながら、さらに灰を落とした。ぽろりと固まって落ちたものは形をとどめて陶器の皿に転がっている。 他の灰はみんな粉々だ。 煙草の先を灰皿に擦り付け、灰を落として尖らせるだなんて作業が身に付いたのはここ最近で、ほんとうにまったくばからしい、とイルカは目を閉じた。 一番最初に煙草を吸ったのはいつだったかはっきり覚えていない。 ただ煙草の吸い方なんて人それぞれで多分イルカに煙草を教えた人間がそうしていたのか、いつも灰は指先で叩いて塊を落とすだけだった。 「あー」 幾本も吸わないうちにカカシが風呂を出たらしく、まあいつまでも下着姿で居るわけにはいかないと適当にシャツを羽織った。 「カカシ先生ご飯はどーすんです?何か食いますか」 「何かあるんならお願いしまーす」 扉越しにひとつだけ言葉のやり取りをして灰皿の中身をごみ箱に移した。 居間のローテーブルに灰皿と煙草とライターを移す。 「カカシ先生」 「んー」 「私の煙草吸ってもいいですから」 「さんきゅです」 あ、最後の一本だった、とつぶやいていたのを知っていたから。 そう自分自身に言い聞かせて、冷凍庫からパンをとり出す。 3枚も焼けば十分だろう。自分は一枚でいいし。 何も言わないのにバスタオルを洗濯機に放り込み、昨晩の忍服を身に付けてカカシが戻ってきた。特に会話もなく、朝のニュースに視線をやったままで煙草をくわえる姿にちらりと目をやってケトルを火にかけた。 口内に残る味は昨日の夜と同じものだ。 得意でもないメンソールを舌先で感じながら、職場にある煙草を早く吸わないと不味くなるな、と数時間後に思いをはせた。
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