思わず声に出して呟いた。
 いくつかの扉越しに聞こえるシャワーの音は淡い。とりあえず使い方がわかるようだから気にしなくていいだろう。そんなに気になる程わかりづらいものでもないし。
「うー」
 うなる声まで掠れていてイヤになる。イルカは節々がだるい身体を引きずってどうにかベッドを降りた。フローリングに直に座ればその冷たさが心地良い。

 ああもう、自分がイヤでイヤでしょうがない。いっそ殴りたい。いや殴って時間が戻るもんならためらわずに自分を殴るけれど、もちろん時を遡ることなんて出来るわけがないからからやらない。痛いし。
 大体、普段なら台所には置いてあるはずの煙草まで今はクローゼットの隅にしまいこまれているのだ。ほんとにどうしようもない。あの男が吸う姿を見たことないだとかそんな理由でしかないのに。

「……ヤニ」

 吸いたいな、と思って唇に触れる。ついでに指先で唇を撫ぜられた感覚まで思い出して文字通り頭を抱えた。なんたる様だ。
 ふと部屋を見渡した時に、ゴミ箱が目に留まった。いろんな体液を拭い取ったティッシュの端が見えたのでこれもイヤになって袋の口を結んでしまう。いろんなものに叫び出したい気分だ。
 セックスの最中にまともな思考が保てるはずもない。いや下手したら普段以上に保てるときもあるけど今日のはそういうのじゃなかった。乱れることを今更恥ずかしいとは思わないけれど(とりあえずカカシは噂通りかそれ以上ぐらいには手慣れていたというか上手かったと思う)、それを思い返すと恥ずかしくなるのはしょうがない。
「帰る、よなぁ」
 まぁおそらくカカシとこういうことになるのは今回きりだろう。多分カカシが声をかけてくることもないとイルカは思っている。
 ──そのまま、
 つながる準備というかマナーというか、をしようとしていたカカシを制した自分の声をどこか遠くに聞いた。カカシはちょっとだけ目を見開いて、ああ初めて見る表情だなと思っている
うちに柔らかく笑った。眉をちょっとだけ下げて困ったように。
 我侭を言うこどもを諌める顔だとイルカの脳は勝手に判断したらしく、何か言おうとしたのを唇で塞いでしまう。カカシの表情はもちろん見えなかったけど、ちょっとだけ身体が揺れた
のは驚いたのか笑ったのか、イルカに知る術はなかった。
 結局そのまま、というイルカの希望は叶ってことは終わった。
 カカシの苦笑は呆れだろうか。子供が欲しいと漠然と思ったことはあるけど、今カカシの子が欲しいとかそんなことを思っての言葉じゃなかった。イルカが承諾したのだから万が一子供
が出来ても責任などとらないだろうし、こちらとしても何も言うつもりもない。一度ぐらいでできてたまるか。そういうときもあるだろうけど、とつらつら思考は巡る。
 子種目当てだと、そう思われてなかったらそれで、いいか。
 噂ではカカシの種を目当てに言いよる女もいるらしいから、それと同じでなければ。むしろそれ以外では一晩限りの仲間入りをしたい。
 そのままで、と言ったのは。
 その時その瞬間、よけいなもの、は欲しくないと思ったからだ。
「…バカだ」
 ずるずると床に寝そべってイルカは一つため息をついた。リスクを知らない年でもないのに。内側に抱えていたものは自覚するより先に育ってしまっていたらしい。
 あーイヤだイヤだ。
 何度も心の中で繰り返し、指先は勝手に煙草を求めて空を掻く。
 カカシがこの夜何を考えているだとか知らないが、もうすぐ出てくるだろうあの男を煙草を吸いながら迎えてやればどんな顔をするだろうか。

 早くシャワーを浴びていろんな感触ごと流し去ってしまいたい。
 さて第一声を考えておかないと多分混乱して何も言えなくなるな、とイルカは冷えてきた肩を手のひらで擦った。


 

 

 



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20080113


暴走気味イルカせんせ。
思うことと実行することには壁があるのに乗り越えちゃう。
さて一番ずるいのは誰か。