※十年後?ランボとランチアさん(とイーピン) ひとりきりの我が家に帰宅して。 既に誰かが居るのには慣れてしまったが。 「俺はランチアが大好き」 唐突に。いつもなら手放しで(たとえ態度にはほんの僅かばかりに照れが浮かぶだけだとしても)喜ぶべき言葉がぽつんと台所に落ちた。 転がるワインの空き瓶の中にボスが好んでいた銘柄を見つけ、ランチアは何気なくそれを拾い上げた。ワイン程値段に味が保証されない飲み物はないと思う。誰でも手に入れることが出来る安ワインが好きだったあのひとは、鮮度が命だと瓶から飲みながらいつもご機嫌だった。 「大好きなんだ」 心に浮かんだ思い出は、顔を赤く染めたランボの一言で泡の様に消えていく。逃避だと自覚があるからこその罪悪感は何よりも苦い。 そしてどうすることもできないと、たぶんランチア自身よりもランボがよく知っている。 「ほんとに」 「……あぁ」 疑ったことなど一度もない。床に転がるランボを避けてランチアも床に座り、ソファへ背を預ける。腕で顔をおざなりに隠していた少年と青年の間ぐらいの人物は、ごそごそと動いた後に完全に背を向けてしまった。 「でも」 転がる瓶をまた一つ拾い上げれば、真横になっていれば溢れないぐらいの量がまだ残っていた。口にあて瓶を逆さにすれば流れ込んでくるアルコール。特に酔う程でもないそれは舌に馴染むぶどうの味。 「だいきらいだ」 ことばは静かな台所に響くかと思われたが、空気すら揺らさずにその場へ留まった。ランチアの嚥下する音が一つだけ、今度は響いて消えた。 「…イーピン泣いてたんだ」 「そうか」 「俺も一緒に泣いちゃった。だってもういろいろかなしくてかなしくて、」 「……」 「イーピンがランチアを好きなことも、ランチアがふっちゃったことも、俺がイーピン好きなことも、ランチアも好きなことも、振られて喜んじゃったことも、ほんとにもうぜんぶがかなしくて」 ず、と鼻をすする音で少しだけ間が生まれる。いつもなら風邪を引く、と毛布をかけてやるところだが、今日だけはできないのだともう一度自身に言い聞かせた。 「雲雀が好きならよかったんだ」 「今でも雲雀が特別なのは知ってるけど、なんで次にランチアにいっちゃうのか、俺はたぶんいちばんわかるから一番いやだ」 「雲雀ならよかった。それなら、俺は」 こんなにいやなやつじゃなかったのに 消えそうな言葉をどうにか受け止めて、ランチアは口の端を歪めた。そうする以外に感情の揺れを発散できる方法を思いつかなかったし、また身体が勝手に動いた結果でもあった。 「……そうか」 結局口に出来たのはいつもと同じ肯定でも否定でもない、ただ受容する言葉の欠片だけだ。どれだけそうして時間を過ごしたのかはわからないが、突然ランボがぐるりと身体を返した。赤い頬にもう涙の跡はない。 「今日泊めて。イーピンはたぶんツナかフゥ太のとこにいるし、いちばんそばに居たいけど一番いたくない」 ランボの口から久々に聞いた「ツナ」の言葉に一度だけ瞬きをし、ランチアは頷いた。ランボがツナをボンゴレと称するようになったのは最近よりは前の出来事だ。 「酒を飲むならまだ奥にある。そのまま寝転がるなら毛布を貸す。腹が減ったなら棚の中身は適当に見繕ってくれてかまわない。俺は…少し飲むかな」 「じゃ、俺も飲む、」 ごそごそととりあえず身体を起こしたランボに毛布を投げてやりながら、ランチアは棚の奥にある酒を取りに向かった。が、途中で振り返る。酒といってもここを訪れる人間の土産も多いから、それなりに種類はあるのだ。 「ワインか?」 「うん」 姿よりも幼い声音に小さな笑いを堪えると、ランチアはそのまま棚を目指した。布の擦れる音が背にあたるからランボが毛布をかぶっているのだろう。 「あいかわらず好きなものは変わらないんだな」 「そう簡単には。それに」 続いた声はこの日いちばん素直だったので。 ランチアがランボが好むような赤ワインを選びながら、今度は少しだけやわらかな感情を受けて口の端を持ち上げた。 「…ぶどうがあれば、俺、がまん、しなくていいんだ」
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