※シカ紅のような髭紅とシカマルの話 その時何を考えていたのかと言われると何も、と答えるに決まっている。 「明け方までここに居たほうが都合がいいんだから」 ぱさりと薄い布をかけられて初めて放心していたことを自覚する。 「…どうも」 「どういたしまして」 少し前まで勝手に熱くなっていた身体はもう冷えきっている。布に閉じこめられた空気が途端にあたたかい層になってくるんでくれる感覚を享受して、そのまま床に寝そべった。 「布団使えばいいのに」 「先生が使ってください」 「もう先生じゃないし、アナタの先生じゃない」 そんなことを言われても、紅先生とも猿飛先生とも言えずシカマルはどうにか他人行儀にならない声音で言葉を絞り出した。 「紅、上忍」 「なんだい、奈良シカマル上忍」 無意識にたぐり寄せたベストから煙草を取り出そうとして、それが失敗だったと知った。動揺しているんだな、と一度目をつむったのを彼女は見逃してくれなかったらしい。 あぁ、これだからオンナはめんどくせぇんだ。 脳裏を過ったのは恩師の声で、全くその通りだとこころの内だけで返事した。この声を思い出すことすら久しぶりだが、それもしょうがないことなんだろう。今更動揺していることの方に驚く。 「もらうよ」 「どうぞ」 奪われてしまった煙草は銘柄に覚えなどない。目に付いたのを買っただけだし、ほんとうに何でも良かったからだ。 それでも火をつけるその仕草にあの頃は見上げるしかなかった巨体が重なって見えて、ああ何よりも忍びであることはお互い様のはずなのに、目の前の人は女なのだと思った。強く。 「…あいつは元気ですか」 「元気も何も、アカデミーで走り回って教師の手、焼かせてるってさ」 「そりゃ将来有望ですね」 「私も髭もそんなんじゃなかったからね、誰に似たんだか」 吐いた煙は夜に熔ける。 無言でいることは苦痛じゃない。それでも今は落ち着かない。 同じく煙草に火をつけて吸う。 それだけのことを罪のように感じるのは何故だ。 色を使う任務、「鍵」を身体にするのはくのいちに珍しいことではない。珍しいことではないのに、これは、珍しいことではないのに?いくら上忍ふたり必要な特殊な任務だからって、珍しいことではないのに 「幻術じゃないよ」 ま、そっちで対応できたら良かったんだけど。 煙草を灰皿に押し付ける爪先の紅さは人工のものだ。 「わーってますよ」 少し口調を荒くして答えると初めて紅が笑った。少しだけ眉を下げて。 「因果な商売だねぇ」 「ーーーっ」 さぁ寝ないと体力戻らないよ、その口調はかつて教師だった頃と変わらないのだ。一瞬だけ見せたほころびは意図的にか無意識にか。どちらにしろ心臓に悪い、そして。 「ーー性質ワリィ」 「また暇な時間で来たら将棋の相手してやってよ、シカマルが相手ならおとなしく座ってるみたいで…何か言った?」 「いえ。センセイの好きな酒でも買ってきます。どーせあいつに一晩中相手させられるんだろうし。観戦と酒の相手は頼んますよ」 「悪いね」 くす、と笑う吐息。 恩師はこのひとのどこに惚れたのだろう。 今の笑顔か、先ほど見せたほころびか。 ーーどちらにしろ、それは全てのオンナが持ちうるものだ。 ごめんアスマ これは任務だけど、一応。あまり悪いと思ってないけど。 ごめん、紅さん 好きなわけじゃない、と思う。でもお互い様だ。 たとえそうだとしても俺が認めない限りそうではない。 ごめん、 …誰に謝ればいいのかわからないから誰かに。 任務だとしても身体を合わせながら思ったのは同じ人物だ。 「めんどくせぇ」 抱きながら思ったのは任務の手順と、 あの男がどんな風にこのひとを抱いたか、それだけだ。 零れた言葉に苦笑する気配が背後から聞こえる。 振り向けばほころびが見えてしまうことにひどく恐怖を覚えて、シカマルは目を閉じ煙草を灰皿に押し付けた。
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