きゅ、と音を立ててコックを閉める。 中忍宿舎の年季が入ったそれと同じ音なんだなぁ、そんなどうでもいいことを片隅で思いながら濯いだコップを水切りに置いた。 水を一杯頂けますか、と聞いて承諾を得たけれど飲んだのは水道水だ。 さっき見ていたから冷蔵庫にミネラルウォーターがあるのは知っているし、飲んだところでカカシが怒るような男ではないと知っている。 あー、疲れた。 カカシと任務に出たのはこれで二度目だ。 数年前の一度きりは奇跡だと思っていたけれど、まぁ同じ里のことだから可能性が無い訳ではない。あの頃のカカシは、イルカにとってただ噂だけの存在だった。──今は知り合い、だ。付き合いで飲みにいくこともあればナルトを挟んで一楽のカウンターに座ったことがあるぐらいの。 前は、どこでだったか ほんとうは覚えているけれど。 短い廊下を進み、部屋を出る頃には煙草に火をつけていたカカシが窓の外を見ている。前はどうだったっけ。前はすぐ帰ったんだったか。 「カカシさん?」 返ってきたのは灰皿に煙草を押し付ける音だけだ。 ほんの短い時間だったのに、もう幾本か転がっている吸い殻。 カカシは普段そんなに愛煙家でもないようだったが。 「カカシさん?」 「うん。……よし、決めた」 服も身に着け直したし、もう帰りますと告げたいだけなのに。 カカシはベッドの上で胡座をかいたままに背筋を伸ばして両の手をシーツに押し付け、深く頭を下げた。 「カカ」 「好きです」 顔を上げてくれと頼みたかった言葉が告白で遮られる。 一瞬何も言えなくなって、その後に口からこぼれたのは息だけだ。 「え、その」 「あはは、今更と思うかもしれませんけど」 上げた顔は整った造形だけど苦笑を浮かべていて、カカシは襟足を何度も掻いている。ただ、目だけはずっとイルカを見つめて。 「今更と思うかもしれないけど、ね。イルカセンセイは覚えてるかな…昔、一緒の任務だったこと。その時も」 「覚えてますよ、その時も、いやその時は場所は違いましたがあなたと」 そう。カカシが少し眉間の皺を少なくする。 そうだ、あの時も、誘われて承諾してカカシと寝た。 それは珍しい話でもなんでもない。 「三年ぶりぐらい?あ、ナルト持つ前だからもっと前か。そんぐらいたつけど……うん、今更なんだけどね。イルカ先生が」 「俺が?」 「言ってしまえば馬鹿みたいなんですけどね。当たり前のことだし。ただ、アナタが、前と違うから」 「……おっしゃる意味が」 「わかりやすーく言うと、感じるとことか、俺の触り方とか舐め方とかが」 「っ!」 あはは、とカカシは軽く笑って、それから信じられないぐらいきれいな笑みを浮かべた。 「うん、別に当たり前のことなんだろうけど前から今までの間にアナタが俺以外の誰かと寝なかったワケが無くて、でも俺はそれに嫉妬したんです」 怒っているわけじゃないですよ。 でもね。 「アナタが他のやつと寝るの、嫌だと思ってるんです。馬鹿みたいな話でしょう?それでも本気だから。イルカ先生が、好きです」 任務を受けた時からこの夜をこのひとを期待していた俺に何が言えようか。
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