小話
ひどいはなし/ライ鳴(♀) 2012年05月21日(Mon)
薄暗闇の部屋に衣擦れがあわく響いた。後を追ったのは手のひらが畳を叩く力無い音で、数度繰り返されてから掠れた声が部屋の空気にうっすらと滲む。
「なあ」
「……」
「ライ、ドウ。たばこ、とって、」
着乱れたまま蹲っていた少年は、呼吸ひとつふたつ分の間を置いてから上司の要望を叶えた。膝に埋めた顔を上げれば想い人が汚れた姿で転がっている。離れた場所に放り投げられていたチョッキを手繰り寄せ、煙草とマッチを力無く投げ出された手のひらに乗せてやった。
「どうぞ」
「ありが、と」
「あんたは!」
素直に寄越された礼の言葉でライドウの頭は簡単に煮えた。こんなやりとりだけ見れば日常にありふれているものだけれど、今は。
「貴女は、オレに礼なんていらないでしょう、オレが貴女に何をしたと思って」
「舌噛んで死ぬよりゃ嫌じゃなかったよ」
ちょーっと乱暴なのはいただけないけどねぇ。
くつくつと喉の奥を鳴らし、鳴海は俯せになって煙草へ火を付けた。探偵社で見る仕草とまるで変わらないそれがこの自室では珍しいものの様に見える。強引に乱された衣服がひっかかるばかりの身体や体液の汚れが目立つ肌、残る傷。見える何もかも、部屋に篭る青臭く生々しい澱みまでも日常とはかけ離れているのに、ただひとつ。鳴海そのものだけがいつもどおりだ。
まるで何もなかったかの様に。
「貴女は」
「本気で抵抗されたかったか? お前が言ってるのはそういうことだよ。男で、しかも腕っ節の強いお前みたいのに女が本気で抵抗するってのはそうするしかないんだ。ま、嫌じゃないのは本音だから安心しな。嫌だったら今までだって何べんも抱かれてないから」
何も言えない少年へそう告げて笑い、鳴海が美味そうに煙草を呑む。
好きだ。だから抱きたい。
少年が人肌を求めて縋り付くわけではなく、ただ鳴海を求めてそう言うまでにどれだけの時間がかかったか知れない。
それでも意を決して告げたライドウへ寄越された返答は「やめとこ」の言葉と苦笑のふたつだった。お前のがつらいよそれは。現に今、色んな感情が渦巻いて衝動のまま押し倒し辱め、初めて奔放に振る舞ったライドウには後悔しかないけれど。
──おいで
いちばんさいしょに、そう言ったのは貴女じゃないか。
あれがなければオレは。
言い訳だと誰よりも自分が思うことが、ぐるぐると頭の中で渦を巻く。煙草を一本吸った鳴海が部屋を出るまでもうなにも出来ず、ライドウはただ感情に身を浸して蹲っていた。